スバル座火災

1953年（昭和28年）9月6日、東京都千代田区有楽町にあった映画館「丸の内スバル座」、通称「有楽町スバル座」で発生した火災です。この火災では建物が全焼したにもかかわらず、千人を超える観客や従業員の中から一人も犠牲者が出なかったことで知られています。

この初代スバル座の建物は、第二次世界大戦が終結して間もない1946年12月に建設されました。当時の日本は、戦後の物資不足に加えて、戦時中の統制の名残や連合国軍総司令部（GHQ）による厳しい規制下にありました。大規模な娯楽施設の建設は原則認められず、特に米軍の無差別爆撃の経験から、大規模な木造建築物の新築は禁止されていました。

しかし、GHQは日本の民主化を進める一環として、アメリカ映画を封切上映する大型映画館の設置を求めました。これに応じる形で、スバル座は東京都知事の特別な許可を得て建設された、異例の大規模木造建築だったのです。開館したスバル座は、アメリカの豊かな文化を紹介し、戦後復興期の庶民に夢や希望を与える場所として親しまれました。

一方で、急ピッチで建設された建物には多くの問題がありました。構造材から内装材まで全面が木造で、特に内壁は燃えやすい合板張り。最も重要な防災設備については、わずかな粉末式消火器が置かれているのみでした。火災の拡大を防ぐ防火区画や防火シャッター、現代では当たり前のスプリンクラー設備はもちろん、屋内消火栓さえ一切設置されていませんでした。これは、1950年制定の建築基準法や1948年制定の消防法ができる前に建てられたため、いわゆる「既存不適格」の状態だったのです。

火災発生当日、劇場では映画『宇宙戦争』が上映されていました。19時1分頃、映写室にいた二人の映写技師が爆発音のようなものを聞き、覗き窓から階下を確認したところ、1階にある掃除用具入れとして使われていた物置から火の手が上がっているのを発見しました。彼らは即座に火災だと判断し、上映を中断して場内の照明を点灯させました。

19時5分、出札口の女性従業員が消防に通報しました。スバル座の従業員は日頃から防災訓練を受けていたことや、戦時中の空襲の記憶がまだ鮮明だったこともあり、場内は大きな混乱もなく、観客は落ち着いて避難を開始しました。これは、多くの人がパニックに陥りがちな火災現場では稀有な状況でした。

しかし、出火場所となった物置周辺の内壁は、何の防火対策も施されていない合板張りだったため、火は瞬く間に壁を伝って燃え広がりました。数名の従業員が初期消火を試みましたが、火の勢いは強まるばかりでした。吹き抜け構造になっていた2階建ての客席部分は、まるで巨大な煙突のように炎と煙を吸い上げ、火勢は猛烈な勢いで建物全体へと拡大していきました。火災発見からわずか20分後に到着した消防隊には、もはや消火が極めて困難な状況でした。19時39分には鎮火しましたが、これは消防の活動による鎮火というより、建物が文字通り燃え尽きたことによる全焼でした。

後の調査では、出火場所は最初に確認された1階の物置で、出火時間は18時50分頃と推定されました。しかし、この物置には普段火の気がなく、電気配線もありませんでした。掃除で出た紙くずなどのゴミが集められていましたが、従業員の証言からも放火の可能性は低いとされ、結局、正確な出火原因は現在も不明のままです。

このスバル座火災は、戦後の混乱期に建てられた「既存不適格」な建物が、いかに火災に対して脆弱であるかを如実に示した事例となりました。このような古い建築構造上の問題は、後に多くの犠牲者を出した千日デパートビル火災や大洋デパート火災といった大規模火災の原因の一つともなりました。

皮肉なことに、スバル座側は「既存不適格」の状態を解消すべく、火災発生のまさにその近いうちに、消防法に適合するための大規模な改修工事を予定していました。もしこの改修が間に合っていれば、これほどの被害、特に全焼という事態は防げた可能性が高いと指摘されています。

しかし、この火災で最も特筆すべきは、人的な対応の側面です。従業員の迅速な初期対応、日頃の防災訓練の成果、そして観客も冷静に行動できたことで、1000人を超える人々が一人も死傷することなく無事避難を完了しました。建物の脆弱性とは対照的な、この奇跡的な避難成功劇は、今日でも高く評価されています。

この火災により、初代スバル座はわずか7年という短い歴史に幕を閉じました。しかし、跡地を含む区画に建設された有楽町ビルの3階に、規模は縮小されましたが、再び映画劇場ホールとして「スバル座」の名が引き継がれました。二代目のスバル座は、座席数の減少などを経ながらも長らく営業を続け、2019年10月20日にその歴史に終止符を打ちました。

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