スファノモエーへの旅

スファノモエーへの旅（A Voyage to Sfanomoë）

『スファノモエーへの旅』（原題：A Voyage to Sfanomoë）は、アメリカの幻想文学作家クラーク・アシュトン・スミスによって書かれた短編小説です。SFの要素が強い作品で、ホラー作家としても知られるスミスの作品としては異色の部類に入ります。本作は文芸雑誌『ウィアード・テイルズ』の1931年8月号に掲載されました。スミスが一連のアトランティス大陸を舞台に描いた5つの物語群のうちの一つであり、このシリーズの中で唯一、科学的な主題を扱っている点が特徴です。壮大な文明が栄華を誇ったアトランティス大陸が海に沈み、その最後の名残である島ポセイドニスが登場する設定は、この物語で初めて描かれています。

物語の背景には、発表当時の科学的知見や仮説が存在します。スミスは、創作上の独自の太陽系を舞台にした作品をいくつか発表しており、木星をサイクラノーシュ、火星をアイハイとして描いていますが、本作はその金星編にあたります。1930年代当時、金星には生命が存在しうる気候であるという考えや、宇宙空間がエーテルと呼ばれる物質で満たされているという理論が広く信じられており、本作はそうした当時の科学観に基づいて構想されました。もっとも、その後の1960年代以降の宇宙探査によって、金星への生命存在の可能性は否定され、エーテルの概念も廃れましたが、本作は発表当時の宇宙観を反映した作品として読むことができます。植物の描写に定評があるスミスらしく、金星、すなわちスファノモエーは、色とりどりの花々が咲き乱れる「花の惑星」として鮮やかに描き出されています。なお、スミスのアトランティスやサイクラノーシュ、アイハイといった舞台設定は、後にクトゥルフ神話大系の一部として取り入れられることがありますが、スファノモエーについてはその関連性は比較的薄いとされています。

物語は、アトランティス大陸が完全に水没し、残されたポセイドニス島も間もなく沈没するという絶望的な状況から始まります。島の人々は、差し迫った破滅から目を背けるかのように、享楽的な日々にふけっていました。一方、学者の一族に生まれたホタルとエウィドンの兄弟は、天文学に精通しており、島が救われる可能性がないことを現実として受け止めていました。人々からは救世主として期待されていましたが、彼らは無駄な抵抗よりも、別の惑星への移住という未知の可能性に賭けることを決意します。

二人は人目を避けて隠遁し、惑星スファノモエー（金星）へ旅するための乗り物の開発に没頭します。やがて完成したのは、特製の合金で作られた巨大な球体の宇宙船でした。食料や貴重な書物を満載した球体は、ポセイドニス島の上空へと浮かび上がり、沈みゆく故郷を眼下に見下ろしながら、広大な宇宙空間へと旅立ちます。スファノモエーを目指す数十年にも及ぶ長い旅路が続きます。

ついにスファノモエーの上空に到達した兄弟は、眼下に広がる光景に目を奪われます。そこには人間の文明の痕跡はなく、手つかずの自然、密生した森や壮大な大地が広がっていました。二人はこの星に降り立つことを決意し、宇宙船を降下させます。球体の扉が開くと、船内にはむせ返るような強い芳香が流れ込み、あたり一面は植物と花で埋め尽くされていました。初めて目にする異星の自然に、二人は無邪気な子供のように驚き、戸惑います。

しかし、この花の惑星の自然は、彼らに思いもよらない運命をもたらします。二人の老いた体には、周囲の植物から飛んできた無数の種子や胞子が付着し、それらがすぐに芽吹き、急速に成長を始めるのです。ホタルとエウィドンは、苦痛を感じることもなく、まるで大地の一部となったかのように植物に覆われ、やがて命を終えます。彼らを乗せてきた宇宙船もまた、蔦や花に覆われ、自然の一部と化していくのでした。この惑星スファノモエーを訪れた最初の地球人である兄弟のたどった運命は、詳細不明の語り手が夢の中で幻視した光景として記録され、この物語として語られます。

登場人物としては、科学者であり兄のホタル、同じく科学者で弟のエウィドンが中心となります。物語開始時は中年ですが、数十年に及ぶ宇宙旅行で老いていきます。そして、夢を通じて物語の真実を知り、それを書き留めた語り手が存在します。

日本語訳は、創元推理文庫の『ヒュペルボレオス極北神怪譚』に大瀧啓裕訳として収録されています。

関連事項としては、惑星の居住可能性やハビタブルゾーンといった、異星に生命が存在しうる条件に関する科学的概念が挙げられます。

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