スプートニクヴィロファージ
概要
スプートニクヴィロ
ファージは、ヴィロ
ファージと呼ばれる特殊な
ウイルス群に属する代表的な存在です。この
ウイルスは、巨大
ウイルスとして知られるミミ
ウイルス、特に
アカントアメーバに
寄生するAcanthamoeba polyphaga mimivirus(APMV)を「宿主」とすることで増殖します。しかし、単に宿主を利用するだけでなく、その増殖を積極的に阻害するというユニークな特徴を持っています。この性質が、従来のサテライト
ウイルスとは異なる新たな分類「ヴィロ
ファージ」が提唱されるきっかけとなりました。
発見とその意義
スプートニクヴィロ
ファージは、
2008年にフランスの研究チームによって発見されました。冷却塔の水から採取された
アカントアメーバの内部で、APMV
ウイルス粒子の中に存在する形で見つかりました。APMVとは独立した構造を持つ粒子を形成していることから、別の存在であると確認されました。
それまで、他の
ウイルスがなければ増殖できない
ウイルスは「サテライト
ウイルス」として知られていました。サテライト
ウイルスは、増殖に必要な要素を宿主
ウイルス(ヘルパー
ウイルス)から得ますが、ヘルパー
ウイルスの増殖には悪影響を与えません。しかし、スプートニクヴィロ
ファージはAPMVの増殖を妨げ、異常なAPMV粒子を作らせることが観察されました。このような真に
寄生的な関係にある
ウイルスは前例がなく、サテライト
ウイルスとは区別されるべきだという考えが生まれました。
この発見を受けて、
ウイルスに
寄生する
ウイルス、特に宿主
ウイルスの増殖を阻害するものを指す新しい概念として「ヴィロ
ファージ(virophage)」が提唱されました。「ヴィロ
ファージ」という名前は、
ウイルス(Virus)とギリシャ語で「食べる」を意味する「phagein」を組み合わせた造語で、細菌に感染する「バクテリオ
ファージ」に倣ったものです。そして、この最初のヴィロ
ファージは、ソビエト連邦が初めて打ち上げた
人工衛星「
スプートニク1号」にちなんで「スプートニク」と名付けられました。
特徴
スプートニクヴィロ
ファージの
ウイルス粒子(
ビリオン)は、直径約50ナノメートル(nm)の
正二十面体の構造をしています。宿主となるAPMVは、直径が750nmにも達する巨大な
ウイルスであり、その中にスプートニクヴィロ
ファージが多数入り込んでいる様子が観察されることもあります。
ウイルスの外殻(
カプシド)は、主に13種類のタンパク質で構成されており、
ウイルス粒子全体を包むエンベロープは持っていません。
正二十面体の頂点部分には、内部の遺伝物質であるDNAが出入りするための開口部があると推測されています。
ゲノムは、約1万8343
塩基対からなる環状の二本鎖DNAです。この
ゲノムには、推定で21個のタンパク質をコードする
遺伝子が含まれていると考えられています。特に注目すべきは、その
遺伝子構成の多様性です。ヒトを含む真核
生物、そして真正細菌や
古細菌といった生命の3つのドメインの
生物に関連する
遺伝子がコードされていることが示されています。具体的には、3個の
遺伝子はミミ
ウイルスに由来するとみられており、
ウイルス間で
遺伝子が受け渡される水平伝播の一例と考えられています。また、4個の
遺伝子は細菌に感染するバクテリオ
ファージと、1個の
遺伝子は
古細菌に感染する
ウイルスと、それぞれ似た配列(相同性)を持つことが確認されています。このことは、ヴィロ
ファージが他の多様な
生物や
ウイルスから
遺伝子を取り込み、進化してきた可能性を示唆しています。
宿主への影響
スプートニクヴィロ
ファージは、APMVの増殖に必要な機構を利用して自らを複製します。しかし、その詳細なメカニズムはまだ完全には解明されていません。スプートニクが存在するAPMVは、形や構造が異常な
ウイルス粒子(異常
ビリオン)を形成しやすいことが知られています。なぜ異常な粒子が作られるのかは不明ですが、結果としてAPMVの正常な増殖を妨げることにつながっています。
実験室での観察では、スプートニクヴィロ
ファージがAPMVに感染した
アカントアメーバに共感染すると、APMVの
ウイルス粒子生産量が著しく減少することが確認されています。ある研究では、APMV単独感染の場合と比較して、
ウイルス粒子収率が70%も低下したという報告があります。また、宿主である
アカントアメーバ細胞が溶けて死滅する(
溶菌)速度も遅くなり、感染から24時間後の
溶菌した細胞の数が3分の1に減少したというデータも得られています。これは、スプートニクヴィロ
ファージが宿主
ウイルスの活動を抑えることで、間接的に宿主細胞の生存期間を延ばしている可能性を示しています。
ヴィロ
ファージは比較的新しい概念であり、2013年時点ではスプートニクを含めてわずか4種しか確認されていません。しかし、スプートニクヴィロ
ファージが最もよく研究されているため、ヴィロ
ファージという言葉が本種を指して使われることもあります。
2012年には、フランスで、長期間不適切に使用されたコンタクトレンズが原因で
アカントアメーバ角膜炎を発症した患者から、スプートニクとは異なる
ゲノム配列を持つ別のヴィロ
ファージが発見されました。この
ウイルスは「スプートニクヴィロ
ファージ2」と命名されており、ヴィロ
ファージの多様性の一端を示しています。
なお、スプートニクヴィロ
ファージがサテライト
ウイルスとは完全に異なる系統に属するのかどうかについては、まだ最終的な結論は出ていません。今後の研究によって、これらの
ウイルスの進化や分類に関する理解が深まることが期待されます。