スマトラ横断鉄道

スマトラ横断鉄道：幻の鉄路

スマトラ横断鉄道は、第二次世界大戦中に大日本帝国が占領したスマトラ島に建設した鉄道です。複数の呼称があり、「ペカンバル鉄道」「ムアロ＝ペカンバル鉄道」などと呼ばれています。この鉄道は、ジャワ島などから集められた奴隷労務者（ロームシャ）や連合軍の戦争捕虜を多数使役し、多くの犠牲者を出しながら建設されました。

建設の背景と目的

日本軍がスマトラ島に鉄道を建設した目的は、一つではありません。江澤誠氏の著書では、スマトラで採掘される粘結炭をマレー半島に輸送し、製鉄業を興すことが主目的だったと主張しています。当時、マレー半島では鉄鉱石は産出されていたものの、製鉄に必要な粘結炭が不足していました。そのため、スマトラの炭鉱から粘結炭を鉄道で運び、マレー半島で製鉄を行う計画だったのです。

一方で、オランダや英語圏の研究者の間では、日本軍の目的はスマトラ島の防衛にあったという説が有力です。連合軍の侵攻に備え、マレー半島の戦力を西海岸に迅速に移動させるために鉄道が建設されたと考えられています。特に制空権・制海権を失ってからは、海上輸送のリスクを避けるために鉄道が重要視されたという見方もあります。

また、連合軍俘虜及び抑留者救援隊（RAPWI）のギデオン・フランソワ・ジェイコブズ少佐は、鉄道建設の目的を「スマトラ島西部の鉄道網へ連結する鉄道を敷設するため」と記しています。

軌間の謎

スマトラ横断鉄道の軌間についても、明確な合意は得られていません。一般的には、既存のオランダ植民地時代の鉄道と同じ1,067mmだったとする説と、1,000mmだったとする説があります。

1,067mm説を支持する人々は、既存の路線との直通運転を考慮すれば当然だと主張します。一方、1,000mm説を支持する人々は、当時の日本内地の規格に準じて建設されたと主張しています。しかし、どちらの説も確固たる証拠に欠けており、現在も議論が続いています。

建設の過程

鉄道建設は1943年に始まり、1945年の終戦直前に全線が開通しました。実際の建設作業は、現地人の奴隷労務者と連合軍の戦争捕虜が担いました。劣悪な環境と過酷な労働条件の中、多くの人々が命を落としました。資料によると、少なくとも25万人の現地人奴隷が使役され、そのうち15万人が工事中に死亡したと推定されています。

また、約6,600人の連合軍捕虜も鉄道建設に投入され、703人が死亡しました。特に1944年9月には、捕虜を乗せた輸送船「順陽丸」が沈没し、多くの犠牲者を出しました。

機関車

当時の日本は資材が不足しており、鉄道建設には既存の鉄道から剥がしたレールや、ジャワ島で使用されていた機関車が使われました。機関車は分解された状態でスマトラに搬入され、現地で組み立てられました。

主な機関車としては、C54型、C33型、C30型、そしてDSM（デリー鉄道会社）の機関車がありました。中でもC54型は、ジャワの私鉄から持ち込まれたもので、平地の高速走行には適していましたが、スマトラの悪路には不向きでした。

炭坑への支線

本線のペタイからは、炭鉱への支線が建設されました。この支線は、本線よりも早く完成し、1944年末には炭鉱からの石炭輸送が開始されました。これは、石炭をマレー半島に送るという当初の目的を優先したためと考えられています。

炭鉱への支線では、小型の機関車が使われ、石炭を本線まで運びました。しかし、斜面での輸送は困難を極め、多くの工夫が必要でした。

終戦とその後

1945年8月15日、日本は降伏し、スマトラ横断鉄道の歴史は幕を閉じました。その後、鉄道は放置され、レールやその他の資材は撤去されました。現在、鉄道の遺構はほとんど残っておらず、その存在も忘れられつつあります。

戦後、メダンで開かれたBC級戦争裁判では、スマトラ横断鉄道に関わった多くの日本人が責任を問われました。しかし、その詳細や責任の所在は、今なお不明な点が多く、解明が待たれています。

まとめ

スマトラ横断鉄道は、第二次世界大戦という激動の時代に、多くの犠牲を払いながら建設された鉄道です。その建設目的や軌間、犠牲者数など、多くの謎が残されています。この鉄道の歴史を振り返ることは、戦争の悲惨さと、その影響を考える上で重要な意味を持つでしょう。

今後の調査研究により、この幻の鉄道の全貌が解明されることが期待されます。



参考文献

江澤誠 『「大東亜共栄圏」と幻のスマトラ鉄道』彩流社2018年
G.F Jacobs『Prelude to the monsoon: assignment in Sumatra』University of Pennsilvania 1982、邦訳「モンスーンへの序曲　スマトラの連合国人抑留所解放記』、原もと子訳、勁草書房1987年
H.Neumann with E.Van Witsen『De Pakanbaroe Spoorweg』、英訳『The Sumatra railway』Studio Pieter Mulier, Middelie, 1982
H.Hovinga『The Sumatra Railroad: final desination Pakan Baroe 1943-1945』KITLV Press, Leiden 2010

関連項目

大東亜縦貫鉄道
鉄道連隊
泰緬鉄道
クラ地峡横断鉄道
順陽丸
渡邊渡 (陸軍軍人)

外部リンク

スマトラ横断鉄道研究会
The Sumatra Railroad（英語）
POW研究会
* Kereta Api Pekanbaru (インドネシア語)

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