スロッテル

スロッテル Op.72 について

『スロッテル』（ノルウェー語: Slåtter）作品72は、ノルウェーの作曲家エドヴァルド・グリーグが1903年に発表したピアノ独奏のための曲集です。全17曲から構成されており、ノルウェーの民俗舞曲「スロッテル」を題材としています。「スロッテル」とは、器楽的な性格を持つ民俗舞曲のことで、ノルウェーの農民舞曲とも呼ばれます。この作品は、民俗楽器ハーディングフェーレ（ハルダンゲル・フィドル）の演奏を採譜したものを基に、グリーグがピアノ曲として編曲したものです。

作曲の経緯

1888年、グリーグはハーディングフェーレ奏者のクヌート・ダーレから手紙を受け取りました。ダーレは、自身の音楽を後世に伝えるためにグリーグの協力を求めていました。グリーグは以前から民俗音楽に関心があり、この申し出に好意的でしたが、当時は実現しませんでした。その後、ダーレが1901年に再び手紙を送ると、グリーグはヴァイオリニストのヨハン・ハルヴォルセンに採譜を依頼し、2週間かけてダーレの演奏を楽譜に起こしました。

グリーグは、楽譜を受け取った際、その魅力に惹かれる一方で、ピアノ用に編曲することに躊躇を覚えたようです。しかし、その魅力を断ち切れず、1902年の秋から本格的に編曲作業を開始し、1903年に作品を完成させました。楽譜はペータース社から出版され、グリーグは序文を付し、この作品を音楽学者のヘルマン・クレッチマーに献呈しました。

ダーレ自身も1910年に『スロッテル』の原曲の一部を録音しており、孫のヨハンネス・ダーレも1950年代に全曲を録音しています。

作品の評価

初演時、聴衆の反応は必ずしも好意的ではありませんでした。しかし、その後、海外の音楽家たちによって評価されるようになります。特に、パーシー・グレインジャーは『スロッテル』に感銘を受け、グリーグへの敬意を深めたと述べています。また、パリの音楽院の学生たちの間でも「新しいグリーグ」として注目され、バルトーク・ベーラもその一人でした。バルトークは、1912年にノルウェーを訪れ、民俗音楽に触れ、ハーディングフェーレを購入するなど、グリーグの音楽から大きな影響を受けました。

作品は、「北欧のピアノ音楽の中で最も魅力的」と評される一方で、民俗音楽を基にした作品としての意義については議論があります。ノルウェーの民俗音楽を国際的な聴衆に広めたという評価がある一方で、ハーディングフェーレ特有の響きや奏法が十分に再現されていないという指摘もあります。そのため、楽譜の校訂や演奏解釈を通して、原曲の要素を反映させようとする試みがなされています。

楽曲の特徴

『スロッテル』は、グリーグの最後の重要なピアノ作品となりました。彼は、自身の音楽と民俗音楽を融合させることで、ノルウェーの国家形成に貢献できると考えており、この作品はその最も野心的な試みの一つでした。この作品は、印象主義音楽やバーバリズム、新古典主義音楽といった新しい音楽潮流にも通じる独特な語法を持っています。

グリーグは、編曲作業を「厄介な仕事」と呼びましたが、創意工夫を凝らした和声によって、多彩なピアノ曲に仕上げました。旋律の音域を変えたり、序奏、間奏、後奏を付け加えたりするなどの編曲が施されていますが、原曲の素材から大きく離れることはありません。細かい装飾や複雑なリズム、ポリフォニックな書法が曲集全体に見られ、演奏には高度な技術が要求されます。

グリーグ自身がこの作品を連作として構想したという確証はありませんが、全曲を連作として演奏することが推奨されることもあります。

『スロッテル』に収録されている曲には、ガンガル、ハリング、スプリングダンスといったビュグデダンス（田舎の踊り）と婚礼行進曲があります。ガンガルは6/8拍子または3連符を伴う2/4拍子の「歩き踊り」、ハリングは男性がソロで踊る2拍子の力強い踊り、スプリングダンスはペアで踊る3拍子の舞曲です。

収録曲

ギボエンの婚礼行進曲 Gibøens bruremarsj
ヨン・ヴェスタフェのスプリングダンス Jon Vestafes Springdans
テレマルクの婚礼行進曲 Bruremarsj fra Telemark
丘の調べ（ハリング）Haugelåt. Halling
オース教区の角笛吹き（スプリングダンス）Prillaren fra Os prestegjeld. Springdans
ミラルグーテンのガンガル Gangar (etter Myllarguten)
ロートナムス＝クヌート（ハリング）Røtnams-Knut. Halling
ミラルグーテンの婚礼行進曲 Bruremarsj (etter Myllarguten)
ニルス・レクヴェのハリング Nils Rekves Halling
クヌート・ルロセンのハリングI Knut Luråsens Halling I
クヌート・ルロセンのハリングII Knut Luråsens Halling II
ミラルグーテンのスプリングダンス Springdans (etter Myllarguten)
ホーヴァル・ギボエンがオーテルホルト橋で見た夢（スプリングダンス）Håvard Gibøens draum ved Oterholtsbrua. Springdans
ヴォッセヴァンゲンの花嫁トロルの旅立ち（ガンガル）Tussebrureferda på Vossevangen. Gangar
スクルダールの花嫁（ガンガル）Skuldalsbrura. Gangar
シヴレの乙女たち（セリオールのスプリングダンス）Kivlemøyane. Springdans frå Seljord
* シヴレの乙女たち（ガンガル）Kivlemøyane. Gangar


これらの曲は、ノルウェーの民俗音楽の豊かな伝統と、グリーグの卓越した作曲技術が見事に融合した作品であり、現在も多くのピアニストによって演奏され、愛され続けています。

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