スロバキア人

スロバキア人：歴史と文化、そして独立への道

スロバキア人は、ヨーロッパ中東部に位置するスロバキア共和国を主な居住地とするスラブ系の民族です。西スラブ人に分類され、スロバキア語を母語とします。スロバキア国内の多数民族であるだけでなく、隣接するチェコやハンガリー、さらにはアメリカ合衆国やカナダなど、世界各地に移民として居住しています。

歴史：ハンガリー支配下の北部から民族自覚へ

現在のスロバキアにあたる地域は、9世紀には大モラビア王国の支配下にあり、スラブ人が居住していました。10世紀にマジャル人が侵入し王国を倒すと、スロバキア地域は「北部ハンガリー」としてハンガリー王国の一部となりました。この間、スラブ人はこの地域に多く居住していましたが、チェコ人のような民族運動は活発ではなく、民族としての意識は曖昧なままでした。

16世紀以降、ハンガリー王国はハプスブルク家の支配下に置かれ、オスマン帝国の侵攻を避けるため、首都が現在のブラチスラヴァ（当時のポジョニ）に遷都されました。このため、スロバキア地域は、スラブ人、マジャル人、ドイツ人、ユダヤ人、ロマなど、多民族が混在する地域となりました。18世紀にハンガリー王国が領土を回復すると、多くのスラブ系住民が新領土に移住し、これが現在のハンガリーやセルビアに居住するスロバキア人の祖先となりました。

19世紀に入ると、ハプスブルク帝国で民族主義運動が活発化し、北部ハンガリーのスラブ人も自らの出自への関心を深めました。言語や文化においてボヘミアのチェコ人との共通点が多かった一方で、ドイツ化が進んだチェコ人との差異を意識し、「スロバキア人」という独自のアイデンティティが形成されていきました。オーストリア・ハンガリー帝国成立後も、スロバキア人の地位は低いままであり、自治を求める声が高まりました。さらに、首都がブダペストに移ると、スロバキア経済は停滞し、多くのスロバキア人がアメリカへ移民しました。

チェコスロバキア共和国：独立と民族意識の高揚

第一次世界大戦末期の1918年、トマーシュ・マサリクの主導により、チェコスロバキアの独立が宣言されました。マサリクはチェコ出身でしたが、父親がスロバキア人であり、ボヘミア、モラビア、スロバキアを統合したスラブ国家の独立を求めていました。これにより、スロバキア人はチェコ人、モラヴィア人と並び、新しいチェコスロバキア共和国の主要民族の一つとなりました。

しかし、スロバキアはチェコに比べて人口が少なく、農業中心の経済構造だったため、チェコとの経済格差が存在し、不満を抱く人々もいました。スロバキア人民党は民族自決を主張し、支持を集めました。1938年のミュンヘン協定で南部スロバキアがハンガリーに割譲されると、スロバキア人の怒りは頂点に達し、共産党を除く全ての政党がスロバキア人民党に合流しました。

スロバキア共和国（1939年-1945年）：傀儡政権下の独立

1939年3月、ナチス・ドイツの干渉により、スロバキア共和国が成立し、チェコスロバキアは解体されました。このスロバキア共和国は初の「独立国家」でしたが、実態はドイツの傀儡政権であり、ハンガリーへの領土割譲、ユダヤ人やロマの虐殺、第二次世界大戦への参戦など、ドイツの命令に従うしかありませんでした。1945年5月、ドイツが降伏すると、スロバキア共和国も消滅し、再建されたチェコスロバキアの一部となりました。

社会主義時代：連邦制導入と改革の試み

第二次世界大戦後、ソ連の影響下でチェコスロバキア共産党が権力を握り、社会主義政権が誕生しました。1952年には、スロバキア共産党幹部が粛清される事件も発生しました。戦前と同様、スロバキア人はチェコに対して劣勢な立場にあり、中央集権体制への不満は常にありました。

1968年、アレクサンデル・ドゥプチェクが国家の最高指導者となり、「プラハの春」と呼ばれる社会主義改革に着手しました。しかし、ソ連を中心とするワルシャワ条約機構軍の軍事介入により、改革は頓挫しました。その後、グスターフ・フサーク政権下で連邦制が導入され、スロバキアはスロバキア社会主義共和国としてチェコと同格の共和国となりましたが、経済や文化の面ではチェコに依然として劣勢な状況が続きました。

分離独立：ビロード離婚と新しい国家

1989年のビロード革命により共産党政権が崩壊し、チェコおよびスロバキア連邦共和国が成立すると、スロバキア人の自立傾向は一気に加速しました。連邦国家の名称をめぐりハイフン戦争が勃発し、1992年の総選挙では、民主スロバキア運動のヴラジミール・メチアルがスロバキア共和国の首相に就任しました。チェコ側は、社会主義体制下で建設されたスロバキアの重工業が時代遅れとなり経済改革の負担になると考え、スロバキアの独立をむしろ歓迎しました。そして、1993年1月1日、平和的な連邦解体、いわゆる「ビロード離婚」により、スロバキアは独立を達成しました。

現在：スロバキア共和国におけるスロバキア人

独立後のスロバキア共和国では、スロバキア人が人口の約85%を占める多数民族となりました。分離したチェコ共和国にもスロバキア人が少数民族として居住しています。一方、スロバキア国内には、マジャル人、ロマ、チェコ人などが居住しています。スロバキア語や各民族語による教育が行われており、深刻な民族対立は抑えられています。

文化：西スラブの伝統と他文化の影響

スロバキア人は西スラブ人に属し、スラブ語族のスロバキア語を話します。しかし、長年にわたりハプスブルク帝国の支配下にあったため、その文化的影響も強く受けています。大モラヴィア王国時代にローマ・カトリックへの信仰が広まり、現在もスロバキア人の多数派はカトリックを信仰しています。プロテスタントや無神論者も少数ながら存在します。文字はラテン文字をベースにしたアルファベットを使用しています。

チェコ人とは長きにわたり歴史を共有し、連邦制国家を形成していたため、文化的なつながりが非常に強く、言語も意思疎通が可能な程度には似通っています。ハンガリー王国やハプスブルク帝国の影響を受けた芸術家も多く、彫刻家のマスター・パヴォル・ズ・レヴォチェや、作曲家のエウゲン・スホニュ、アレクサンデル・モイゼスなどが知られています。

人口分布：スロバキア国内外に広がるスロバキア人

現在、スロバキア人は全世界に約663万人存在するとされています。そのうち、約460万人がスロバキア国内に居住しています。国外では、アメリカ合衆国に最も多くスロバキア人が居住しており、2000年の調査では約82万人がスロバキア人と回答しました。その他、チェコ、ハンガリー、ポーランドなどの近隣諸国、カナダ、イギリス、フランスなどにもスロバキア人が居住しています。

スロバキア人は、複雑な歴史を経てきた民族であり、その独自の文化とアイデンティティを保ちながら、現在も世界各地で活躍しています。

もう一度検索