セメレー

セメレー（古希: Σεμέλη）は、古代ギリシアの都市国家テーバイを建国した王カドモスと、その妻ハルモニアーの娘です。アウトノエー、アガウエー、イーノーといった兄弟姉妹がいました。特に、オリンポス十二神の一柱である酒と豊穣の神、ディオニューソスの母親として名高い存在です。長母音を省略してセメレとも表記されます。彼女の名の起源は、かつてプリュギアやトラーキア地方で崇拝されていた大地の女神ゼメロー（「大地」の意）に由来するという説もあります。また、木星の第29衛星であるスィオネの名前の由来としても、その名が残っています。

セメレーに関する最も有名な神話は、彼女が神々の王ゼウスと秘密裏に交際し、その結果、ディオニューソスを身ごもった物語です。ゼウスは人間の姿に変身して、セメレーのもとへ通っていました。しかし、ゼウスの正妻である女神ヘーラーは、夫の不貞を知り激しい嫉妬に燃えました。ヘーラーは巧妙な策略を巡らせました。彼女はセメレーのかつての乳母ベロエーの姿になりすまし、セメレーに近づきました。ヘーラーはセメレーに対し、最近は神を騙る悪質な男が多いと忠告し、もし相手が本当にゼウスであるなら、彼の神としての真の姿を見せるよう強く迫るべきだと唆したのです。

ヘーラーの言葉に心を動かされたセメレーは、次にゼウスが訪れた際にこの忠告を実行に移すことを決意しました。彼女はゼウスに、自分の願いを一つだけ叶えてほしいと懇願しました。ゼウスは深くセメレーを愛していたため、古代ギリシアの神々にとって最も神聖で破ることのできない誓いである、ステュクス川に誓い、その願いを叶えると約束してしまいました。ゼウスが誓いを立てたのを確認すると、セメレーはついに彼に、雷火をまとった神としての本来の威厳と姿を現すよう要求しました。

この要求を聞いて、ゼウスは自らの迂闊な約束を激しく後悔しました。神の真の姿は人間には耐え難く、見る者を焼き尽くしてしまうものですが、ステュクス川の誓いは神々にとって絶対でした。ゼウスは選択の余地なく、自らの変身を解き、神々の王としての真の姿、すなわち眩いばかりの光と雷鳴を伴う姿を現しました。その凄まじい神威に、セメレーの華奢な体は耐えきれず、閃光に焼かれて非業の死を遂げてしまったのです。別の伝承では、セメレーが真の姿を示すまで寝室に入れないと拒んだため、怒ったゼウスが雷光とともに姿を現し、セメレーが感電死したとも語られます。

セメレーの亡骸から、まだ未熟ながら神の血を引く胎児が無事に取り出されました。ヘルメース神によって保護されたこの子を、ゼウスは自らの大腿に縫い込み、さらなる成長を待ちました。母の胎内で約半年、父の腿で約三ヶ月を経て誕生したこの子がディオニューソスです。このように二度にわたって誕生したことから、彼は「二度生まれた者」といった異名を持つことになりました。

後に神となった息子ディオニューソスは、冥界へと下り、冥府の王ハーデースと王妃ペルセポネーとの交渉の末、母セメレーの魂を地上へと連れ戻しました。冥界から戻ったセメレーは、ディオニューソスによって神性を与えられ、女神テュオーネーとして天上へと昇りました。これは、他の死者や神々からの嫉妬を避けるためともされます。テュオーネーはヒュアデスの一柱の名前としても知られています。

セメレーは、その劇的な生涯と神話から、後世の芸術作品においても度々主題とされています。例えば、マラン・マレのオペラやヘンデルのオラトリオなどが挙げられます。また、彼女の名は小惑星セメレや木星の衛星スィオネにも冠されており、現代においてもその存在が記憶されています。

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