セラピューティック・タッチ

セラピューティック・タッチ（TT）とは

セラピューティック・タッチ（Therapeutic Touch、略称：TT）とは、訓練を受けた治療者が患者に直接触れずに手をかざすことで、患者のヒューマン・エネルギー・フィールド（生命エネルギー）の流れを調整し、治療を促すとされるエネルギー療法の一種です。非接触セラピューティック・タッチ（Non-Contact Therapeutic Touch、略称：NCTT）とも呼ばれます。

世界80カ国以上の医療現場で、看護師やホスピス関係者によって実践されていますが、その理論は疑似科学であり、治療効果は科学的に証明されていません。そのため、病院で治療の一環として行うことの正当性が議論の対象となっています。

セラピューティック・タッチの起源と理論

宗教や呪術における手かざしによる治療は世界各地に存在しますが、セラピューティック・タッチとして体系化されたのは1970年代初頭のことです。アメリカ神智学協会会長を務めた心霊治療家（ヒーラー）のドラ・クンツと、ニューヨーク大学看護学部教授で看護師のドロレス・クリーガー博士が理論を確立しました。

主にアメリカ合衆国の看護師の間で広まり、2012年時点では、アメリカの多くの看護学校で正規の教科としてカリキュラムに組み込まれています。ドロレス・クリーガーは、手かざし療法（エネルギー療法）の利点を実証した功績により、1998年にイグ・ノーベル賞を受賞しています。

セラピューティック・タッチの理論では、人間には生命エネルギーが流れるヒューマン・エネルギー・フィールド（Human Energy Field: HEF）が存在し、その流れが滞ると病気になると考えます。これはエネルギー病理説の一種です。TTの施術者は、患者の身体から少し離れた場所に手をかざすことで、ヒューマン・エネルギー・フィールドを感じ取り、その乱れを整えて治療することができると主張します。

科学的調査と検証

エミリー・ローザによる検証

1996年、9歳の少女エミリー・ローザが科学博覧会（アメリカの自由研究コンテスト）の課題として、21人のTT施術者を対象に検証を行いました。TT施術者の前に衝立を立てて視界を遮り、両手を衝立の向こうに出させ、エミリーはTT施術者のどちらかの手の上に自分の手をかざしました。そして、左右どちらの手の上にエミリーが手をかざしているかを当てさせたところ、正解率は280回中123回（正答率44%）に過ぎませんでした。

この結果は、「ヒューマン・エネルギー・フィールドを感知することができる」とするセラピューティック・タッチの主張に対し、根本的な疑問を投げかけるものでした。この研究は医師の協力で論文にまとめられ、1998年に『ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション（米医師会誌、略称：JAMA）』に掲載されました。当時11歳だったエミリー・ローザは、最年少の論文掲載者として話題になりました。

この論文の発表により、「手かざし療法」という言葉がアメリカで一般に広まり、多くの病院で看護師が患者の体に触れてもいないのに、セラピューティック・タッチを行うことで高額な治療費を請求しているという事実が明るみに出て、社会的な批判を浴びました。以降、セラピューティック・タッチを看護師の仕事として教育していた病院でも、看護の仕事から切り離し、希望者には宗教者を紹介するといった変化が起こりました。

TT実施群・疑似TT実施群の比較検証

アメリカの医学雑誌『Cancer』誌に掲載された論文では、正規のトレーニングを受けた医療者によるTT実施群と、懐疑的な医療者が形だけ模倣する疑似TT実施群を比較対象とし、無作為化比較試験によって乳癌患者の倦怠感に対する有効性を検証しました。その結果、どちらの群も治療未実施群と比較して倦怠感が軽減したものの、TT実施群と疑似TT実施群の間で有意差は認められませんでした。この結果から、TTの倦怠感軽減効果はプラセボ効果である可能性が示唆されました。

アメリカ国立衛生研究所・補完代替医療センター（現・アメリカ国立補完統合ヘルスセンター）では、セラピューティック・タッチを研究対象としていましたが、科学的根拠に乏しい研究に多額の予算を配分しているとしてメディアから批判が起こり、補完代替医療センターの存在意義が問われる事態となりました。その後、補完代替医療センターの研究領域は大幅に変更され、組織名も改称されています。

批判と危険性

セラピューティック・タッチに疑問を呈する医師は、セラピューティック・タッチが「治療効果がある」と主張するならば、その証明が必要であると述べています。また、「治療効果」と「緊張の低下」は異なるものであり、セラピューティック・タッチの治療効果は証明されていないと指摘しています。証明できない「ヒューマン・エネルギー・フィールド」を効果の理由にすることは、効果の証明を不可能にするとも述べています。

セラピューティック・タッチのようなエネルギー療法は、効果がないとしても、患者に接触しないため副作用は考えにくいとされます。ただし、必要な医療の提供が遅れたり、遠ざけられたりする危険性も指摘されています。

もう一度検索