セルマー

セルマー・カンパニー：アメリカ楽器史に名を刻んだメーカー

セルマー・カンパニー、またはセルマーUSAとして知られるこの企業は、かつてアメリカで活躍した楽器メーカーです。フランスの老舗、ヘンリー・セルマー・パリとは兄弟会社という関係にありながら、独立した道を歩みました。2003年にはコーン・セルマーとなり、現在はスタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツ傘下のブランドとして、その歴史に新たな章を刻んでいます。インディアナ州エルクハートにある工場は、長きに渡り楽器製造の中核を担ってきました。

セルマーの歴史：パリからアメリカへ

セルマーの物語は、19世紀後半のパリ音楽院に遡ります。クラリネット奏者であったセルマー兄弟、アンリとアレクサンドルは、楽器製造の道へ進みます。アンリはパリで修理工房を開設、やがてクラリネット製作も開始し、これがのちのヘンリー・セルマー・パリの礎となりました。

一方、アレクサンドルはアメリカへ渡り、ボストン交響楽団やニューヨーク・フィルハーモニックなどで活躍。兄の楽器をアメリカで販売するため、ニューヨークに店を開設しました。1904年のセントルイス万国博覧会での金メダル受賞は、セルマーの名声を高める大きな転機となりました。

アレクサンドルがパリに戻った後、事業は従業員のジョージ・バンディへと引き継がれます。バンディは事業拡大に尽力し、ヴィンセント・バックやマーティンといった他社製品も取り扱う多角経営を展開。さらにフルート製造にも着手し、著名なフルートメーカー、ヘインズ一族出身のジョージ・ヘインズやドイツ人職人クルト・ゲマインハルトを招聘するなど、製品開発にも力を注ぎました。

ニューヨークでの事業をエルクハートに移転した後、バンディはセルマー兄弟からアメリカの事業権を買い取り、セルマーUSAは完全に独立した企業となります。しかし、セルマー・パリとは代理店契約を維持し、互いに協力関係を続けました。セルマー・パリがプロ向けの高級楽器に特化した一方、セルマーUSAは学生やアマチュア向けの量産品を製造することに注力しました。1941年からは、自社ブランド「バンディ」も展開しました。

第二次世界大戦中の工場閉鎖を経て、戦後はセルマー・パリの楽器のノックダウン生産を開始。プラスチック技術の進歩を取り入れ、1948年にはプラスチック製クラリネット「バンディ・レゾナイト・1400」を発売し、商業的な成功を収めました。

1960年代以降の音楽教育の盛況とベビーブームを追い風に、セルマーは積極的な買収戦略を展開。ヴィンセント・バック、ビュッシャー、ブリルハートなど、数々の楽器メーカーを買収し、事業を拡大しました。1995年には、これらの企業を傘下に収めるセルマー・インダストリーズがスタインウェイ・アンド・サンズの親会社を買収、スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツが誕生しました。2003年には、コーン・セルマーへと統合されました。

セルマーの楽器：高い評価を受ける「アメセル」

セルマーは、クラリネット、サクソフォーン、フルートなどを製造・販売。セルマー・パリ製品の販売代理店も務めていました。特に1940～80年代に生産された、セルマー・パリ製の部品を用いてアメリカで組み立てられたサクソフォーンは「アメセル」と呼ばれ、高い評価を得ています。「アメセル」は、ヨーロッパとは異なる独自の組み立てや塗装技術によって生み出された、高い品質と個性を持つ楽器として、日本でも多くの愛好家を魅了しました。現在、コーン・セルマーでは、アマチュア向けのサクソフォーンを主にアジアで製造、アメリカで最終検査を行っています。

セルマーの遺産

セルマー・カンパニーは、楽器製造における技術革新と企業買収による成長、そして「アメセル」のような高い評価を得た製品群を通して、アメリカの楽器業界に大きな足跡を残しました。その歴史と製品は、今日でも多くの音楽家や愛好家から高く評価されています。

もう一度検索