セレナーデ (岡林信康のアルバム)

セレナーデ

『セレナーデ』は、シンガーソングライター岡林信康が1978年9月25日に日本コロムビアより発表したスタジオ・アルバムです。同レーベルからリリースされた最後のスタジオ作品であり、本作発表後、彼はかつて所属したビクターレコードへと移籍しました。

制作背景と音楽性の変化

前作『ラブソングス』をリリースした後、岡林はおよそ1年をかけ、ギター片手に全国100ヶ所以上の村や町を巡る旅に出ました。この弾き語りの旅は各地で盛況を博したものの、聴衆が自身の過去のイメージを求めていることを感じ取り、そこに微妙なずれを感じていました。また、長期間にわたる単独での演奏活動を通じて、他のミュージシャンと共に音を奏でたいという思いが強くなっていきます。

同時期に、彼はニール・セダカやポール・アンカといったアメリカン・オールディーズのサウンドに強く惹かれ、その音楽を深く聴き込むようになりました。さらに、当時子供たちが熱狂していたピンク・レディーの楽曲を聴く機会が多くあったことも影響し、これらの要素が融合して、意図的に「歌謡ポップス」のスタイルを取り入れたアルバムを制作しようという発想に至りました。

レコーディングと参加ミュージシャン

本作のレコーディングには多くのミュージシャンが参加していますが、彼らは特定の音楽的な方向性や一体感を求めて集められたわけではなく、スケジュールの都合などによって顔ぶれが決まったとされています。過去の作品で行われていたような、スタジオで同時に演奏し録音する「同録」の手法は少なく、完成したカラオケ音源にボーカルを後から重ねる手法が多く用いられました。この制作スタイルにより、楽曲によっては参加したメンバー同士が直接顔を合わせることなく完成したものも少なくなかったと言われています。

収録曲とエピソード

アルバムに収録された楽曲は全て岡林信康自身が作詞・作曲を手掛け、あかのたちおが全編曲を担当しています。特に注目される楽曲の一つに「新説SOS」があります。これは、当時の人気デュオ、ピンク・レディーのヒット曲「S・O・S」をパロディ化した作品です。「S・O・S」の作詞を手掛けた阿久悠に、日本コロムビアのスタッフが事前に許諾を求めたところ、阿久悠は「おもしろい！これは岡林の才能ですよ」と快諾したというエピソードが残っています。

「新説SOS」は地方の有線放送で人気を集め、ベスト10にランクインするほどでしたが、岡林自身がシングル化を望まなかったためリリースは見送られました。その後、親交のあった落語家・笑福亭鶴光にこの曲の話を持ちかけたところ、鶴光がカバーすることになりましたが、こちらは商業的な成功には至りませんでした。他の収録曲も、従来の岡林のイメージとは異なる、ポップで都会的なサウンド志向を感じさせるものが含まれています。

主な収録曲は以下の通りです。

Side A

ベイビー・ワン・モア・チャンス
メイキャップお嬢さん
淋しき街角
ミッドナイト・トレイン
オリビアに

Side B

新説SOS
スーパー・トンデル・レディー
ミッドナイト・トレイン TAKEII
セクシー・ナイト・フィーバー
セレナーデ

レコーディングには、岡林信康（唄、ギター、ハーモニカ）の他、羽田健太郎、後藤次利、林立夫、芳野藤丸といった当時の第一線で活躍するミュージシャンや、タイムファイヴなどのコーラスグループ、堅田社中のお囃子、多グループのストリングスなど、多彩な顔ぶれが参加しました。

評価と商業的側面

本作『セレナーデ』は、岡林信康自身の言葉からもその受け止められ方が窺えます。彼は「このアルバムを出したおかげで、かなり親しく付き合っていた友だちを何人か失った。それほどつまらないアルバムに見えたのでしょう、彼らには・・・」と述べており、近しい人々からの評価が厳しかったことを示唆しています。

商業的な面では、日本コロムビアからリリースされた前2作『うつし絵』、『ラブソングス』と同様に、本作も売上は芳しくありませんでした。フォークシンガーとしての確立されたイメージを持つ岡林が、あえて歌謡ポップス路線に挑戦したことが、当時のファンや市場に十分に受け入れられなかった側面があると考えられます。

まとめ

『セレナーデ』は、岡林信康が自身の音楽性を再定義しようと試みた過渡期の作品です。旅の経験、アメリカンポップスや歌謡曲からの影響を消化し、それまでのフォークのイメージを覆すサウンドに挑戦しました。商業的には成功せず、周囲からの評価も冷ややかでしたが、アーティストとしての探求心と、時代の音楽を取り込もうとする姿勢を示す一枚として、そのキャリアにおいて重要な意味を持っています。このアルバムでの試行錯誤は、彼のその後の音楽活動へと繋がっていく契機となったと言えるでしょう。

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