ゼンガーII

ゼンガーII（Sänger II）は、1980年代に旧西ドイツ時代に構想された、再使用可能な二段式宇宙輸送システムです。その名称は、著名な航空宇宙技術者であるオイゲン・ゼンガーにちなんで名付けられました。

このシステムは、自律飛行が可能な無人航空機である第一段と、有翼の軌道往還機である第二段「ホーラス」（HORUS: Hypersonic ORbital Upper Stageの略）という、二つの主要な要素から構成されていました。計画では、これらの機体はいずれも複数回のミッションでの再使用を可能とすることで、将来的な宇宙輸送コストの削減を目指していました。全体の構造は、全長がおよそ50メートル、翼幅が25メートル、離陸時の総重量は500トン以下と想定されており、主に宇宙ステーションへの人員交代や補給物資の輸送といった任務を担うことを目的としていました。

第一段機体は、当時の超音速旅客機などに用いられた技術を応用した極超音速機として設計されていました。複数のターボラムジェットエンジンを備え、最大で高度35キロメートル地点をマッハ6という高速で飛行可能な性能を目指していました。運用シナリオとしては、通常の航空機と同様に地上の滑走路から水平に離陸し、上昇します。そして、およそ30キロメートルの高度に達したところで、機体上部に搭載した第二段のホーラスを分離します。その後、第一段機体は自律的に飛行制御を行い、出発地の滑走路へと帰還する設計でした。

第二段であるホーラスは、ゼンガーII計画のために新たに開発された機体ではなく、もともと欧州の宇宙ロケットであるアリアン5で打ち上げられることを想定していた、エルメス計画由来の軌道往還機を転用したものです。全備重量は55トン以下とされ、新型の液体水素ロケットエンジン（単機あたりの推力は54トン）を主推進器として装備する計画でした。第一段機体との連携運用時には、最大12名の人員と5トンのペイロード（搭載物資）を低軌道へ輸送できる能力を持つとされていましたが、ホーラス単独で、既存の使い捨て型ロケット（例えばアリアン5）によって打ち上げる運用も可能であり、その場合のペイロード能力は10トン以上になると見込まれていました。

第一段からの分離後、ホーラスは自らのロケットエンジンを使用して軌道へ向かいます。計画では、分離後に自力で高度80キロメートルまで上昇し、そこで楕円軌道の近地点に到達します。その後、遠地点が高度400キロメートルとなるように軌道遷移を行い、最終的に目的である低軌道上の円軌道へと移行するという運用が想定されていました。

ゼンガーII計画の本格的な開発は1986年に開始されましたが、それ以前に第二段であるホーラスの構想は1984年には既に始まっていました。当初、この巨大プロジェクトは2001年の実機完成と初飛行を目指していましたが、結局その実現には至りませんでした。計画全体の総費用は、概算で1兆数千億円規模になると予測されており、その巨額なコストや技術的な課題が計画中止の要因の一つになったと考えられています。なお、「ゼンガーII」という名称は、1960年代に旧西ドイツで構想された、同様の二段式有翼宇宙機「ゼンガー」計画の後継であることを示唆しています。

オイゲン・ゼンガーは、第二次世界大戦中に「対蹠地（たいせきち）」爆撃機、いわゆるジルバーフォーゲル（Silbervogel、銀の鳥）の構想でも知られており、このジルバーフォーゲル計画自体も、彼の名から「ゼンガー」と呼ばれることがあります。

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