ソクラテスの死

『ソクラテスの死』の解説

1787年にフランスの新古典主義画家ジャック＝ルイ・ダヴィッドによって描かれた油彩画『ソクラテスの死』は、プラトンの著作『パイドン』に基づいています。この作品は、ソクラテスがアテネの若者を堕落させたとして有罪判決を受け、へムロックの毒を以って処刑される瞬間を捉えています。ソクラテスは、逃げる機会があったにもかかわらず、自らの死を静かに受け入れ、弟子たちに最後の教えを与える姿勢を示しています。

作品には、白いローブをまとったソクラテスが描かれ、身振り手振りを交えながらカップに手を伸ばしています。周囲には彼を囲む若者たちがいて、その多くが苦悩の表情を浮かべ、ソクラテスの冷静さとは対照的です。特に、カップを持つ青年が顔を隠し、別の若者がソクラテスの腿を握りしめています。この様子から、弟子たちの悲しみとソクラテスの平静さが強調されています。

また、作品の左側にはアーチを背にした別の男性像が見られ、劇的な雰囲気を作り出しています。ダヴィッドは、アドリイ神父の助言を受けながらも、歴史的な人物の描写に不正確な点が多く見受けられます。画面をすっきりとさせるために、プラトンの対話に登場する多くの人物を省略しており、その一方でアポロドロスの姿を描いています。アポロドロスは情熱的でありすぎてソクラテスから遠ざけられたと言われています。

ダヴィッドはまた、プラトンを年齢不相応に描写しています。実際には当時青年であったプラトンは、作品の中では年齢を重ねた老年として表現されており、ソクラテスの姿も古典的な肖像とは異なり理想化された形で描かれています。このような意図的な年齢設定は、ダヴィッドが主人公たちの感情や状況を強調する方法に貢献しています。

色彩に関しても、ダヴィッドは特異な手法を用いています。画面の端にある赤い色合いは抑えられ、中央に近づくにつれて鮮やかさを増していきます。特にソクラテスの持つカップを渡す青年のローブは、鮮明な真紅で描かれており、視覚的な強調がなされています。この瞬間は通常、ソクラテスが既に毒を飲み干すのではなく、これから毒のカップを受け取る前の場面として理解されています。

ダヴィッドは作品の中に2つ署名を残しています。ソクラテスの腿を握るクリトンの下にはフルネームを、プラトンの下にはイニシャルを用いています。これはダヴィッドがそれぞれに対して持つ感情や関係を示唆しており、特にクリトンには特別な共鳴を感じていることを明示します。

『ソクラテスの死』の着想について様々な説が存在しますが、1786年に依頼された可能性が高いとされ、一部には1782年にスケッチが描かれたとする意見もあります。しかし、いずれにしろ、絵は1787年に完成し、パリで公開されました。ダヴィッドはローマでの旅行中に葬式のシーンを学び、多くのデッサンを行ったことが、彼の重要な作品へとつながっています。

作品におけるソクラテスの冷静さは、彼の哲学的信念を反映しています。ソクラテスは死を終わりではなく、新たな存在の様式への移行と見なしており、彼の言葉や行動には弟子たちへの深い配慮が見られます。彼が死の直前でも教えを続ける姿勢は、哲学者の理想的な在り方を象徴するものです。これらの要素が、本作『ソクラテスの死』を単なる絵画以上のものとしているのです。

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