ソプデト

ソプデト（Sopdet）は、古代エジプト神話において、豊かな恵みをもたらす豊穣の女神であり、同時に夜空でひときわ明るく輝くシリウス星が神格化された存在です。セペデト（Sepedet）とも呼ばれ、古代ギリシア・ローマ時代にはソティス（Sothis）の名でも広く知られていました。神話上では、星の神サフを夫に持ち、二神の間には戦いや国境、東方の砂漠地帯を司る神ソペドが生まれたと伝えられています。

名前の由来と象徴

ソプデトという名前は、古代エジプト語で「尖ったもの」や「鋭いもの」を意味する単語「spd」に由来すると考えられています。この名前が具体的に何を指すかは諸説ありますが、シリウス星の鋭い輝きや、ナイル川の増水を告げる時期の到来を象徴している可能性が示唆されています。ヒエログリフでは、ソプデトはしばしば三角形（△）の形で表されました。聖獣としては、古い時代には牝牛と結びつけられていましたが、後に雌犬へと変化しました。これは、シリウス星が「ドッグ・スター」と呼ばれることと関連が深いと考えられています。

シリウス信仰とナイルの洪水

エジプトにおけるシリウス信仰の歴史は非常に古く、紀元前3000年頃に始まるエジプト第1王朝の時代には既に重要な信仰対象となっていたことが記録から確認されています。シリウスは「ナイルの星」や「イシスの星」とも称され、その動きは古代エジプトの人々の生活、特に農耕サイクルと密接に関わっていました。

夏至の頃、シリウス星は約70日間地平線の下に沈み、夜空から姿を消します。この見えなくなる期間を経て、太陽が昇る直前の夜明け前に東の地平線上に再び姿を現す現象（ヒライアカル・ライジング）が起こる時期は、ちょうどナイル川が年間最大の洪水を起こし始める時期とほぼ一致していました。ナイル川の洪水は、エジプトの乾燥した大地に肥沃な泥土をもたらし、穀物栽培を可能にするための不可欠な恵みでした。したがって、洪水の到来を正確に告げる「星の予兆」であるシリウス、すなわち女神ソプデトは、大地に生命と豊かな実りをもたらす肥沃・豊穣の女神として、篤く信仰されたのです。

シリウスはその圧倒的な輝きから、昇る太陽に先行して現れる姿は「明けの明星」「啓明星」「太陽を呼ぶ星」とも呼ばれ、さらにはその明るさゆえに本来の太陽を「小さい方の太陽」、シリウスを「大きい方の太陽」と呼ぶ例もあったとされます。古代エジプトの建築においては、特に豊穣や母性を司る女神イシス（ソプデトと同一視されることも多かった）を祀る神殿の一部は、このシリウスが昇る方向（ヒライアカル・ライジングの方向）に向けて設計されました。これは、特定の朝に地平線で混じり合う太陽（太陽神ラーの象徴とされる）とシリウス（女神ソプデト）の光が神殿の至聖所内に差し込むように意図されていたためと言われています。

他の神々との関連と暦法

ソプデトは、夫サフ、子ソペドと共に、天体の運行と地上の豊穣を結びつける神聖な家族として崇拝されました。また、古くから豊穣の女神イシスと同一視されるか、あるいは密接な関連があるとされ、しばしばソプデトの起源はイシスに求められました。古代エジプトの主要な神話体系であるオシリス神話においては、オシリス、イシス、ホルスという三柱の家族に対応する存在として捉えられることもありました。さらに、ナイル川の第一急湍（ナイル川の始まりとされる場所）に関連する女神サテトとも関係が深いとされています。

ソプデト（ソティス）の天球上の運行、特にヒライアカル・ライジングに基づく古代エジプトの暦は「ソティス周期」と呼ばれ、ナイルの洪水予知と農耕計画にとって極めて重要な役割を果たしました。また、シリウスが太陽と共に真昼の空に昇る時期は非常に暑くなることから、西洋ではこの時期を「ドッグ・デイズ」と呼びますが、これはシリウスが「ドッグ・スター」として知られることと関連しており、ソプデトの聖獣が雌犬となったこととも無関係ではないかもしれません。

ソプデト信仰は、古代エジプトの人々が天体の現象と地上の生命、特に彼らの生存を支えるナイル川の恵みとの間に見出した深い関連性を象徴しており、単なる星の神ではなく、大地に繁栄をもたらす重要な守護者としての側面を持っていたのです。

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