イシス

イシス：豊穣と魔術の女神

イシスは、古代エジプト神話において重要な位置を占める女神です。豊穣を司るだけでなく、魔術や王権の守護神としての側面も持ち合わせています。彼女の物語は、古代エジプトの宗教観や社会構造を深く理解する上で欠かせない要素となっています。

イシスの誕生と家族構成

イシスは、大地の神ゲブと天空の女神ヌトの間に生まれた四柱の神々の一人です。兄には冥界の神オシリス、弟には戦いの神セト、妹には葬祭の女神ネフティスがいます。彼女はオシリスの妻であり、天空の神ホルスを産みました。また、オシリスとネフティスの不義の子であるアヌビスを養子として育てました。神話によっては、息子ホルスを夫とし、ホルスの4人の息子を成したともされています。

イシスの外見と象徴

イシスは、一般的に背中にトビの翼を持つ女性として描かれます。信仰が広まるにつれて、頭部に牛の角と太陽円盤を持つ姿でも表されるようになり、これはハトホルとの習合によるものです。また、「椅子」を意味する名前から、玉座を頭に載せた姿で描かれることもあります。これは、王権の守護者としての彼女の役割を象徴しています。時代が下ると、ギリシアの女神デーメーテールの象徴である松明や麦の穂を持った姿でも現されるようになりました。

イシスの神話と魔術

イシスの神話は、彼女の魔術的な力と母性的な愛情を強く示しています。セトの陰謀によって殺されたオシリスの遺体を繋ぎ合わせて復活させた物語は有名です。また、息子ホルスに権力を与えるため、ラーの唾液から毒蛇を作り、ラーを解毒する代わりに彼の魔力と支配権を得たという話もあります。イシスは、オシリスとイシスの物語では献身的な母や妻として描かれますが、他の神話では強力な魔術師として描かれることもあり、そのため魔術の女神ともされています。

イシス信仰の歴史

イシス信仰の起源は定かではありませんが、ピラミッド・テキストには既に登場していることから、非常に古い起源を持つ女神であることがわかります。当初は夫オシリスの陪神として扱われていましたが、次第に独自の信仰を集めるようになり、紀元前1千年紀頃には地中海沿岸全域に広まりました。ギリシャではデーメーテールと同一視され、ローマ帝国時代にはアレクサンドリア港の守護女神や航海の守護女神として崇拝されました。しかし、イシスが処女のまま子供を身ごもったという神話から、信者が女性に限られるなどの制約があり、キリスト教の隆盛とともに衰退しました。

近現代におけるイシスの再創造

現代において、イシスは女性性の象徴として再解釈されています。ニューエイジ、魔術、オカルト、癒しなどの分野で、女性をエンパワーメントする存在として人気を集めています。この現代的なイシスのイメージは、19世紀半ば以降に西洋の秘教やオカルトの世界で行われたエジプト宗教の再解釈によるものです。神智学協会の創始者ヘレナ・P・ブラヴァツキーは、イシスを「母なる自然」と解釈し、これがヴィクトリア朝の異教リバイバルの中で大きな影響力を持つことになりました。また、優生学運動との関わり合いを通じて、イシスは生殖と女性のエンパワーメントに結びつけられるようになり、現代のイシスのイメージが形成されていきました。

イシスとジェンダー

現代のイシスは、自然とエネルギーに関するジェンダー的な解釈を結びつけ、女性性としての母性の概念を擬人化した存在として捉えられています。この解釈は、19世紀後半から20世紀にかけてのオカルティズムやフェミニズムの思想と深く結びついています。研究者のジェシカ・A・アルブレヒトは、イシスに関する再解釈は、優生学運動と関連する中で、生殖と女性のエンパワーメントに結び付けられたと指摘しています。彼女たちは、ブラヴァツキーのイシスの解釈を受け、女性である神というものを優生フェミニズム的に解釈し、イシスは宗教的優生学で女性というジェンダーの象徴として利用されるようになったとしています。

結び

イシスは、古代エジプトから現代に至るまで、多様な解釈を経てきた女神です。彼女の物語は、古代エジプトの文化や宗教観を理解する上で重要なだけでなく、現代のジェンダーやフェミニズムの議論にも影響を与え続けています。

余談

サイスのイシス神殿の銘文「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は、真理の性格をあらわすものとしてヨーロッパで好んで引用されました。ノヴァーリスの『サイスの弟子たち』は、イシス神殿の学生たちを登場人物としたものです。

出典

参考文献

P. プティ、A. ラロンド 『ヘレニズム文明―地中海都市の歴史と文化』北野徹訳、白水社、文庫クセジュ、2008年
Muriel Pécastaing-Boissière (2014). “‘Wisdom is a gift given to the Wise’: Florence Farr (1860–1917): New Woman, Actress and Pagan Priestess”. Paganism in Late Victorian Britain. doi:10.4000/cve.1542. https://journals.openedition.org/cve/1542.
Jessica A. Albrecht (2023). “‘Eugenic appropriations of the goddess Isis: Reproduction and racial superiority in theosophical feminist writings”. Paganism in Late Victorian Britain. doi:10.1111/oli.12419. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/oli.12419.

関連項目

イシス (小惑星)
ヘリオポリス創世神話、オシリス神話
オシリス…夫にあたる神。オシリスとイシスの伝説も参照されたし。
ホルス…オシリスとの子。後に夫となる。
ホルスの4人の息子…ホルスとの子。
オシリス、セト、ネフティス…兄妹にあたる神。
ゲブ、ヌト…父と母にあたる神。
ソプデト…イシスが起源となる女神。
ハトホル…同一視された女神。
デーメーテール…イシスと同一視されたギリシアの女神。
イーオー - ゼウスの妃ヘー[[ラー]]の女神官。ゼウスにより白い牝牛になった。イシスと同一視される。
* 黒い聖母

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