ソユーズL1計画

ソユーズL1計画は、冷戦下の宇宙開発競争において、ソビエト連邦が推進した野心的な有人月接近飛行計画です。これは、アメリカ合衆国がアポロ計画で月面着陸を目指したのに対し、ソ連が有人月接近飛行（L1）と有人月面着陸（L3）を並行して進めた戦略の一翼を担いました。ソユーズL1の目標は、月を周回し、特に月の裏側を回って地球へ帰還することでした。

この計画のために開発されたソユーズL1宇宙船は、標準型ソユーズを月飛行用に改修した派生型です。地球周回型にあった先端の軌道モジュールは省略され、代わりに帰還カプセルには予備のパラシュートが搭載されました。また、長距離かつ正確な航行が求められる月への飛行に対応するため、新たな航法システムも装備されました。この宇宙船は大型のプロトンロケットによって打ち上げられる予定でした。アポロ宇宙船が多くの操作を手動で行っていたのに対し、ソユーズL1宇宙船は基本的に全自動操縦を志向しており、飛行士が操作するのは緊急時のみという設計思想の違いがありました。

有人飛行の安全性を確認するため、ソユーズL1計画では「ゾンド」と名付けられた無人機によるリハーサル飛行が繰り返し行われました。「ゾンド」はロシア語で「無人計測器」を意味し、「気象ゾンデ」と同義です。1968年にはゾンド4号、5号、6号が相次いで月への無人飛行を実施。特にゾンド5号と6号は生物を搭載して月を周回し、地球への帰還を試みました。ソ連側はこれらの飛行を公式に成功と発表しましたが、実際には重大な技術的問題を抱えていました。ゾンド5号は再突入時の経路異常によりインド洋に不時着、ゾンド6号は帰還カプセルの減圧やパラシュートの展開不良により大破しました。これらの失敗にもかかわらず、計画は続行され、1969年にはアポロ11号の月着陸と同時期にゾンド7号が、1970年にはゾンド8号が無人月周回飛行を行いました。ゾンド7号は高い信頼性を示しましたが、ゾンド8号もインド洋へ不時着となり、有人飛行への道を完全に開くには至りませんでした。

技術的な不確実性が残る中でも、ソ連はアメリカに先んじて有人月旅行を実現しようと試みます。最初の有人ソユーズL1による月接近飛行は、1968年12月9日に設定されました。これは、アメリカがアポロ8号による初の有人月周回飛行を成功させるわずか2週間前のことです。もしこの計画が予定通り実行されていれば、世界初の有人月旅行はソ連の宇宙飛行士によって達成されていた可能性が高いです。実際に、搭乗予定だった宇宙飛行士が打ち上げ基地に到着するなど、準備は最終段階に入っているかに見えました。

しかし、打ち上げ準備が整いつつも、肝心のソ連政府による有人飛行実施の正式な許可は最後まで下りませんでした。搭乗予定だった宇宙飛行士たちが直接許可を請願しても、政府は動きませんでした。この決定の背景には、1967年4月に発生したソユーズ1号事故、特に帰還カプセルのパラシュートが開かずに飛行士が死亡した悲劇があり、政府が有人宇宙飛行、とりわけリスクの高い月飛行に対して極めて慎重な姿勢をとったためと言われています。1968年の計画中止後も、1970年のレーニン生誕100周年記念としての再提案など、有人飛行の可能性は模索され、無人ゾンド飛行も続けられましたが、結局実現せず、すでに2機の有人用ソユーズL1宇宙船が完成していたにもかかわらず、1970年10月30日の政府命令をもって、ソユーズL1計画は正式に中止されました。こうして、ソ連の有人月接近飛行の夢は打ち砕かれたのです。

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