ソラド・アジェナ

ソラド・アジェナ (Thorad-Agena)

概要と開発経緯

ソラド・アジェナ (Thorad-Agena) は、1960年代後半から1970年代初頭にかけてアメリカ合衆国で運用された使い捨て型のロケットシステムです。その設計は、冷戦時代に広く使用されたソーロケットおよびその派生型であるデルタロケットの技術を基盤としています。

当初、このロケットはソーロケットの性能向上型として開発が始まりました。「ロングタンク・スラスト・オーグメンテッド・ソー」という名称が示すように、燃料タンクの延長による積載量増加と、推力の増強が図られました。この改良型ソーロケットは、アメリカ航空宇宙局 (NASA) のデルタ計画に採用され、1968年に初飛行した「推力増強型デルタ」の第1段として用いられました。そして、この第1段と、当時すでに標準的なソーロケットと組み合わせて運用されていた第2段のアジェナ-Dステージが結合されることで、ソラド・アジェナロケットが誕生しました。

ソラド・アジェナは、第1段のタンク延長・推力増強型ソーに加えて、離床時の推力を補助するための固体燃料ロケットブースターを3基併用する構成を基本としていました。これらのブースターの種類によって、打ち上げ形態はさらに2種類に分類されます。SLV-2Gと呼ばれる構成ではキャスター1ブースターが、SLV-2Hと呼ばれる構成ではより強力なキャスター2ブースターが使用されました。第2段のアジェナ-Dは、軌道上での再着火能力を持ち、多様な軌道投入ニーズに対応できる柔軟性の高いステージでした。

運用と実績

ソラド・アジェナは、1966年から1972年にかけて合計43回の打ち上げミッションを実施しました。その主な役割は、冷戦下におけるアメリカの情報収集活動を支える偵察衛星プログラム「コロナ」の衛星、特に高分解能カメラを搭載したKH-4シリーズの打ち上げにありました。運用期間の末期には、偵察衛星だけでなく、いくつかの科学技術衛星の軌道投入にも使用されました。

全43回の打ち上げのうち、完全に成功しなかったミッションは3回記録されています。具体的には、2回の完全な失敗と、1回の部分的な失敗がありました。これは、この時期の大型液体燃料ロケットとしては比較的高い成功率を示していると言えます。

主な失敗事例

ソラド・アジェナの運用期間中には、技術的な課題やヒューマンエラーに起因する特異な失敗事例がいくつか発生しました。

1967年5月9日 - 第1段分離不良 (部分的失敗)

この日、偵察衛星KH-4Aの打ち上げミッション中に、第1段のソラドステージと第2段のアジェナステージの分離が正常に行われませんでした。第1段エンジンは、機体が不完全に分離した状態で液体酸素が尽きるまで燃焼を続けました。この異常燃焼と分離不良の結果、衛星は当初予定されていた軌道とは大きく異なる軌道に投入されてしまいました。衛星自体は軌道到達に成功したものの、意図しない軌道からの観測データは、得られる画像の品質が著しく低下する結果となりました。これは部分的失敗と分類されています。

1968年5月5日 - 制御不能による指令破壊 (完全失敗)

気象衛星ニンバスBの打ち上げにおいて、第1段ソーロケットの姿勢制御システムに問題が発生しました。打ち上げから約120秒後、ロケットが制御不能に陥ったため、地上および周辺地域への安全確保のため、射場からの指令によって機体は爆破されました。このミッションは、衛星に原子力補助電源システム (SNAP-19) と呼ばれる放射性同位体熱電発電機を搭載していたため、その失敗は特に注目を集めました。SNAPシステムは、万一の事故の際にも放射性物質が環境中に漏洩しないよう、極めて頑丈な設計が施されていました。打ち上げ失敗後、アメリカ海軍が事故現場海域での衛星本体およびSNAPシステムの捜索を開始し、約4ヶ月後の9月27日に、カリフォルニア沖サンタバーバラ島近くの水深約90メートルの海底で発見されました。引き揚げられたSNAPシステムはケーシングが無傷であることが確認され、内部の放射性燃料は回収され、後のニンバス計画の打ち上げに使用されました。事故調査の結果、第1段ソーロケットのヨー軸姿勢を制御するジャイロスコープの取り付けが不適切であったことが判明しました。取り付け作業中にジャイロスコープの調整ピンが誤って破損しており、これが原因でジャイロが本来あるべき位置からずれ、ピッチおよびロール制御が開始された直後に機体の制御が失われたと結論づけられました。

1971年2月17日 - 燃料系統への異物混入 (完全失敗)

偵察衛星KH-4Bの打ち上げ準備中、第1段ソーロケットの燃料注入作業において、誤って過剰な潤滑油が燃料系統に混入する事故が発生しました。この潤滑油が、極低温の推進剤環境下で凍結し、燃料供給パイプラインの一部を閉塞させてしまいました。その結果、打ち上げから約20秒後、燃料流量が異常をきたし、第1段エンジンのターボポンプが潤滑油不足により破損・分解しました。これによりソーのメインエンジンは完全に推力を失い、機体は姿勢制御も失って横倒しになりました。打ち上げからわずか約30秒後、ロケットは空中爆発を起こし、ミッションは失敗に終わりました。この事故は、単純な人的ミスに起因する異物混入が、壊滅的な結果を招くことを示す事例となりました。

まとめ

ソラド・アジェナは、既存技術の改良と組み合わせにより開発された信頼性の高いロケットであり、特にアメリカの初期の偵察衛星能力の確立に大きく貢献しました。発生した失敗事例は、技術的な限界だけでなく、運用上の課題や人的要因がロケット打ち上げの成否に影響を与えることを示しています。これらの経験は、その後のロケット開発と運用における安全対策や信頼性向上に重要な教訓を残しました。

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