ソングス・オブ・イノセンス (U2のアルバム)

ソングス・オブ・イノセンス

アイルランドが世界に誇るロックバンド、U2の13作目のスタジオアルバムとして、2014年にリリースされた。前作『ノー・ライン・オン・ザ・ホライゾン』からおよそ5年7ヶ月ぶりとなる本作の制作には、デンジャー・マウス、ポール・エプワース、ライアン・テダーといった著名なプロデューサーたちが関わっている。

アルバムタイトルは、英国の詩人ウィリアム・ブレイクの詩集『Songs of Innocence and of Experience（無垢と経験の歌）』から採られており、2017年に発表された次作『ソングス・オブ・エクスペリエンス』と一対の作品として構想されたものである。アルバムジャケットは写真家グレン・ラッチフォードが手掛け、ドラマーのラリー・マレン・ジュニアが自身の息子を抱きかかえる姿が写されている。これは、バンドの初期アルバム『ボーイ』や『WAR(闘)』のジャケットに見られる作風への回帰を示すものとなっている。

iTunes先行配信を巡る論争

本作は、リリースに際して前例のないプロモーション手法が取られた。2014年9月10日、世界中のiTunesユーザーに向けてアルバム全曲が先行して無料配信されたのである。これは10月13日まで継続され、特に多くのAppleデバイスではユーザー設定によっては自動的にダウンロードされるか、iCloudアカウントの購入済みリストに無償で追加されるという形で配布された。この自動配布に対し、多くのユーザーから「勝手にアルバムが購入された」「ストレージ容量を圧迫された」といった苦情が相次いだ。事態を重く見たAppleは、9月16日までにユーザーがアカウントからアルバムを削除できる特設ウェブサイトを設置するに至った。

この物議に対し、バンドのフロントマンであるボノは当初、「削除したい人もいるだろうが、この5年間で我々以上にU2の曲を削除した者はいない。これほど多くの人に聴いてもらえたことに興奮している。この“迷惑メール”には血と涙と汗が詰まっている」と配信の意義を強調するコメントを発表していた。しかし後日、ファンとの質疑応答の中で、「素晴らしいアイデアだと興奮しすぎてしまった。楽曲が聴かれないことへの恐れがあった。どうやら我々はやりすぎてしまったようだ」と、無料配布が一部のユーザーにとって不快な経験となったことに対する謝罪の意を表明した。

他のミュージシャンからも様々な反応が寄せられた。シャロン・オズボーンはSNS上でU2を「中年の政治グルーピーの集まり」と厳しく批判したが、後に撤回している。オジー・オズボーンは、U2のような大物には可能でも新人バンドには困難な無料配布が、音楽業界全体、特に若手アーティストにとって悪影響を及ぼすと指摘し、「ありえないくらい自己中心的だ」と批判。イギー・ポップも「強制しないでほしいという彼ら（批判する側）の意見は正しい」と述べている。一方で、メタリカのラーズ・ウルリッヒは、この試みが成功するか否かよりも、U2がこれほど過激な一歩を踏み出す勇気と先見性を持っていた点を高く評価し、「俺にとってはそれが重要なんだよ」と賞賛のコメントを寄せた。ノエル・ギャラガーは、アルバム制作にかかるコストを踏まえ無料配布には原則反対の立場を示しつつも、「U2はこれ以上金は必要ないのかもしれない。それは良かったね」と皮肉めいたコメントを発する一方、「一つ確かなのは、U2はファンを2人増やした。息子たちが今や大ファンだ」と、個人的な視点からの肯定的な側面にも触れている。メガデスのデイヴィッド・エレフソンやトレント・レズナーも肯定的な見解を示している。

Innocence + Experience Tour

本作リリース後、U2は「Innocence + Experience Tour」（公式表記はiNNOCENCE + eXPERIENCE）と題したツアーを2015年5月14日のバンクーバー公演を皮切りに開始した。前回の「360°Tour」のようなスタジアム級の規模とは異なり、マディソン・スクエア・ガーデンやO2アリーナといったアリーナクラスの会場を中心に開催された。iTunes配信を巡る議論とは裏腹に、北米公演のチケットは次々とソールドアウトするなど、ツアー自体は大きな成功を収めた。ツアー中には、初日にギタリストのジ・エッジがステージから落下したり、マネージャーが心臓発作で死去したりといったアクシデントも発生したが、マディソン・スクエア・ガーデン公演にレディー・ガガ、ポール・サイモン、ブルース・スプリングスティーンらがゲスト出演するなど、大きな話題も呼んだ。同年9月からはイタリア公演を皮切りにヨーロッパツアーもスタートし、ノエル・ギャラガーやパティ・スミスといったゲストが参加した公演も実現している。

主な収録曲解説

カリフォルニア (ゼア・イズ・ノー・エンド・トゥ・ラヴ)
ボノが80年代初頭に初めてカリフォルニアを訪れた際の記憶を歌った楽曲。U2の楽曲で地名がタイトルに含まれるのは、「Miami」、「New York」に続いて3曲目となる。デラックス・エディションに収録されたアコースティックバージョンは、カリフォルニアのマリブで録音され、エッジがピアノを演奏し、デヴィッド・キャンベルによるストリングスアレンジが加えられている。
アイリス (ホールド・ミー・クローズ)
ボノが14歳の時に亡くした母親アイリス・ヒューソンに捧げられた楽曲の一つであり、「I Will Follow」「Tomorrow」「Mofo」といった過去の楽曲群と関連付けられる。歌詞にクラフトワークのアルバム名「Man Machine」が登場するのは、母親が亡くなった時期と同時期に、ボノが妻であるアリと出会い、彼女に初めて贈ったプレゼントがそのアルバムだったというエピソードに由来する。なお、1994年にシネイド・オコナーが歌った「You Made Me the Thief of Your Heart」のB面に収録されていたインストゥルメンタル曲「The Father and His Wife the Spirit」との類似性が指摘されている。2022年8月には、アヴィーチーとのコラボレーションとされる「Stars Don't Go Feat. U2」という楽曲がネット上に流出したが、これは「アイリス」の初期バージョンと考えられている。
ヴォルケーノ
母親の死によって生じた内面の荒れ狂う感情を描いた楽曲。楽曲の一部に、未発表曲「Glastonbury」のコーラス部分が使用されており、そのフレーズは次作『Songs of Experience』収録の「American Soul」にも引き継がれている。
ライズド・バイ・ウルヴス
1974年5月17日にダブリンで発生したIRAによる自動車爆破テロ事件に遭遇したボノの経験がテーマ。当初はポップな曲調であったが、ボノの歌詞の内容に合わせてダークな方向へと変更された経緯がある。デラックス・エディションのアコースティックバージョンは、マリブで録音され、エッジがピアノを弾き、デヴィッド・キャンベルによるストリングスアレンジが施されている。
シダーウッド・ロード
ボノが幼少期からギャビンやグッギといった友人たちと共に育ったダブリンの通りの名がタイトルとなっている。曲の冒頭で使用されているギターリフは、エッジがラリーが作成したドラムループに合わせて、音楽アプリケーション「Garage Band」を用いて制作したものであり、ボノはこのリフに触発されて作詞を行った。デラックス・エディションのアコースティックバージョンは、マリブで録音され、エッジがピアノを弾き、デヴィッド・キャンベルによるストリングスアレンジが施されている。
スリープ・ライク・ア・ベイビー・トゥナイト
カトリック教会における児童虐待問題をテーマにした楽曲。デラックス・エディションには、チャド・ブレイクによる別ミックス「Alternate Perspective Mix」が収録されている。
ディス・イズ・ホウェア・ユー・キャン・リーチ・ミー・ナウ
パンクバンド、ザ・クラッシュへのオマージュを込めた楽曲である。
ザ・トラブルズ
タイトルは北アイルランド紛争を指している。スウェーデンのシンガーソングライター、リッキ・リーがバックコーラスで参加。彼女はプロデューサーのデンジャー・マウスの誘いを受け、メンバー不在のロサンゼルスのスタジオで録音を行った後、ロンドンでの再録音の際に初めてボノと顔を合わせたというエピソードがある。リッキ・リーの父親は娘がU2と共演したことをなかなか信じなかったとされる。デラックス・エディションには別バージョンが収録されている。なお、元ダーティー・プロジェクターズのエンジェル・デラドゥーリアンもバックコーラスを録音したが、こちらは最終的に採用されなかった。

評価

本作はリリース後、様々なメディアで高い評価を受けた。

年間ベストアルバム

2014年 ローリングストーン誌: 第1位
2014年 ローリングストーン誌読者投票: 第2位
2014年 Qマガジン: 第44位
2014年 テレグラフ紙: 第12位
2014年 ビレッジ・ヴォイス紙 Jazz＆Popリスト: 第69位

オールタイムベストアルバム

2019年 Discogs 10年代のベストアルバム: 第182位
* 2019年 ローリング・ストーン誌 10年代のベストアルバム: 第93位

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