タニストリー

タニストリー：ケルトの王位継承制度

タニストリー（Tanistry）は、ケルト文化圏に特有の王位・族長位継承制度です。ゲール語の「Táinste」（第2の王）に由来し、選定された後継者は「タニスト（Tanist）」と呼ばれました。王の存命中に後継者を選定する点が特徴的ですが、この制度は王の暗殺といった負の側面も孕んでいました。タニストリーは、アイルランド、スコットランド、マン島などで世俗権力継承の慣習となり、現在ではアイルランドの首相（ティーショク）と副首相（トーニシュター）の職名にその名残をとどめています。

起源と歴史

タニストリーの起源は、アイルランドの英雄コーマック・マク・アートの時代（3世紀）に遡るとされます。アイルランドに文字文化が興った初期には、すでにタニストリーに関する記述が見られ、それ以前から類似の伝統が存在していたと考えられています。次期王位・族長後継候補であるロイダムナ（Roydammna）の中から、王国・部族の男性構成員が合議によって次期後継者を決定しました。コーマック・マク・アートの時代の記述には、彼の死後、長子がタニストとして王位を継承すると記されています。

古代・中世アイルランドのほとんどの王国で、タニストリーに基づいて王位が継承され、この慣習は17世紀頃までほぼ変わらずに続きました。しかし、近世に入りイングランドがアイルランドとスコットランドへの支配を強めると、タニストリーは次第に衰退し、1840年代までにはほぼ消滅しました。20世紀には、氏族の伝統を守り、絆を深める目的でタニストリーが復活する動きも見られました。

候補と選定

在位中の王が成年に達すると、タニストの選定が行われました。在位時に成年に達していた場合は、即位後すぐにタニスト選定会議が開かれました。タニストは、ロイダムナの資格を持つ者の中から、能力が最も優れ、欠点や汚点のない者が家臣団による投票と合議によって選ばれました。会議では、タニストに次ぐ第2位の王位継承権者も選定されました。多くの場合、王の第1子がタニストに選ばれましたが、これは長子相続制に近いものでした。ただし、原則と合議・合意に基づいて家臣が次代の王を決める点が異なっています。

ロイダムナの資格があるのは、在位中の王から8親等以内の、共通の曽祖父または高曽祖父を持つ者とされ、男系継承が一般的でした。この伝統は、アイルランドのオニールの末裔とともにスコットランドやマン島などに広がり、多くの氏族・部族の紋章には当時のアイルランド王家の名残であるレッド・ハンドが見られます。レッド・ハンドの指の本数は、王家からの世代数を示しており、王から離れすぎた親等の者をロイダムナから排除して家臣とする機能も持っていました。ロイダムナが増えすぎると、タニスト選定の際に合意を得ることが難しく、謀略や内戦に発展する例も少なくなかったためです。実際に12世紀には、上王タラフ・オコノルの後継候補をめぐって内戦が勃発しました。

例外的制度

平均寿命が短く、王やタニストが成年に達しない中世には、分家などへのタニストの交替がしばしば行われました。これは例外的な「規定」でしたが、万世一系の血筋を守るために重要な役割を果たしました。この例外規定が適用された著名な例として、ロバート・ドゥ・ブルースのスコットランド王位継承の主張があります。彼は候補の中で最年長ではありませんでしたが、この交替によって正統なロイダムナと認められ、イングランドの支配やスコットランド独立戦争で混乱する中、王位継承権争いの有力者となりえました。ジョン・ベイリャルに一度は敗れたものの、ジョンの敗戦・失脚（1296年）によって再び有力なロイダムナとなり、1306年に正式に王として認められました。

タニストリーの効果

タニストリーは、王位継承において家臣が意見を述べる場を保障しました。合議が満場一致となることは稀でしたが、一度選ばれれば次の王として認められました。タニストになった者は、自動的に王としての正統性を持つようになり、空位の後継者争いという不安定な状態を未然に防ぐことができました。さらに、会議を行うことによって、民意が反映され、有力者たちは王位継承に納得しました。

しかし、王の存命中に次代が決定されることにより、王の生命が脅かされる危険も孕んでいました。現職の王よりも次代の王を望む家臣・諸侯にとっては、現王の早死にが望ましく、寿命を人為的に縮めようとする者も現れました。特にスコットランド王室ではこうした事態が頻繁に起こり、乳幼児がタニストや王となる例も少なくありませんでした。王からすれば、反対派を刺激したり、強硬な政策によって臣下に反感を持たせると命が危ういことは明らかであり、王権はしばしば有力諸侯・家臣の同意によって制限されました。

タニストリーのその後

17世紀初頭、ジェームズ6世によってスコットランドのタニストリーは廃止されました。アイルランドでも、イングランドの支配強化、特に清教徒革命における革命戦争とその後の植民地化によって、従来の法・慣習は姿を消していきました。

タニストリーが形を変えて復活するのは、アイルランドが自治を取り戻してからのことです。アイルランド自由国・アイルランド共和国では、首相の職名はティーショク（Taoiseach）、副首相はトーニシュター（Tánaiste）という名前で、その名残をとどめています。

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