タミュリス

タミュリス

古代ギリシア神話に語り継がれるタミュリスは、トラーキア地方にゆかりのある伝説的な音楽家、そして詩を歌う吟遊詩人（アオイドス）です。その名は比類なき美貌と、特に竪琴（リラ）の演奏にかけては右に出る者がいないほどの卓越した技量で知られていました。

血筋と家族

タミュリスの出自についてはいくつかの異なる伝承が存在します。広く知られている説の一つは、太陽神アポローンの子であるピラムモーンと、ニュムペー（精霊）であるアルギオペーを両親とするというものです。一方で、文芸や学問を司る女神たちであるムーサイの一柱、悲劇を司るメルポメネー、あるいは叙情詩を司るエラトーを母とする場合もあるという伝承も伝えられています。

彼の血筋に関連して、娘メニッペーが、やはり伝説的な音楽家であるオルペウスの母であったとする説も伝えられています。また、タミュリスはスパルタの王子ヒュアキントスの最初の恋人であったとされ、テーバイのラーイオス王と並んで、ギリシア神話における男性同性愛者の最初の例として語られることもあります。

才能と悲劇への道

タミュリスは、音楽の技を同じく伝説的な音楽家リノスから学んだとされています。リノスのもとで厳しい訓練を積み、彼はその天賦の才を開花させ、たちまち当代きってのリラの名手、吟遊詩人として名声を確立しました。

しかし、その類まれな才能とそれによって得た名声は、タミュリスに過剰な自尊心をもたらしました。彼は自身の技量が神々、特に音楽を司るムーサイをも凌駕すると考えるようになり、やがてムーサイに対する不敬な態度を取るようになります。この傲慢さが、彼の破滅を招く直接的な原因となりました。

ムーサイとの歌比べと結末

タミュリスの悲劇は、彼がオイカリアの王エウリュトスの宮廷を辞して旅をしていた道中、メッセーネー地方のドーリオンという地で起こりました。そこでムーサイたちに出会ったタミュリスは、向こう見ずにも彼女たちに歌比べを挑みます。この挑戦の動機については諸説あり、単に自身の歌でムーサイに勝つと宣言しただけとする説もあれば、より後代の伝承では、もし自分が勝利したらムーサイ全てを意のままにしようとした、あるいは彼女たちの一柱を妻に迎えようとしたため、という野心的な目的があったとも語られています。歌比べに敗れた場合、タミュリスはムーサイが要求する如何なるものでも差し出すという条件を呑んでいました。

結果として、歌比べはタミュリスの完敗に終わります。全能なるムーサイの敵ではなく、自らの傲慢さゆえに敗れたタミュリスに対し、怒り狂ったムーサイは苛烈な罰を与えました。彼は視力を奪われて盲目にされ、美しい声を失い、そして最も重要なこととして、彼が最も誇りとしていたリラの演奏技術を含む、音楽家としての全ての能力を忘れさせられたのです。

その後と後世への影響

全てを失ったタミュリスは絶望し、かつて自らの誇りであったリラを、歌比べが行われたドーリオンの近くを流れる川に投げ捨てました。このエピソードにちなみ、その川は「バリュラ川」と呼ばれるようになったと伝えられています。バリュラとは「投げ捨てる」という意味のギリシア語に由来すると言われています。

タミュリスの物語は、人間の才能と傲慢さ、そして神々への不敬に対する罰というテーマを持つ典型的な神話として、後世に語り継がれました。特に、古代ギリシアの三大悲劇詩人の一人であるソポクレースは、このタミュリスの悲劇を題材にした劇作品『タミュラース』を創作しています。タミュリスは、その才能によって栄光を得ながらも、傲慢さゆえに全てを失った悲劇的な音楽家として、今なお記憶されています。

もう一度検索