ダイレクトカッティング

ダイレクトカッティングとは

ダイレクトカッティングは、レコード制作における特殊な手法の一つです。通常、レコード制作では、まず演奏を録音し、その録音を編集してマスターテープを作成します。そして、そのマスターテープからラッカー盤をカットし、レコードをプレスするという工程を踏みます。

しかし、ダイレクトカッティングでは、これらの工程を大幅に省略します。具体的には、録音された音源をリアルタイムでミックスダウンし、その場でカッティングマシンを用いてラッカー盤をカットします。つまり、録音とレコード盤の作成を同時に行う、一発勝負の制作方式なのです。

ダイレクトカッティングの歴史

アナログオーディオテープレコーダーが実用化される以前の、蝋管やSPレコードの時代は、現在で言うダイレクトカッティングが主流でした。しかし、LPレコードが登場し、長時間録音が可能になると、テープレコーダーを用いた編集技術が発達しました。これにより、演奏のミスを修正したり、音質を調整したりすることが容易になり、制作の効率も大幅に向上しました。

ところが、アナログテープレコーダーは、どうしても信号の劣化が避けられません。そのため、録音した音をできるだけ劣化させずにレコードにしたいという、一部のオーディオマニアからの要望に応える形で、ダイレクトカッティングという手法が復活しました。

ダイレクトカッティングの難しさ

ダイレクトカッティングは、録音からカッティングまでをリアルタイムで行うため、演奏にミスがあった場合、その場でやり直しとなります。また、ミキシングやエフェクト、カッティングレベルの調整なども、全て演奏と同時に行う必要があり、高度な技術と集中力が求められます。そのため、ダイレクトカッティングは、一部のアーティストやオーディオマニア向けの、非常に特殊な制作方法として位置づけられています。

ダイレクトカッティングの魅力

ダイレクトカッティングは、その制作の難しさから、演奏には独特の緊張感が生まれます。演奏者は、一発勝負という状況下で、最高のパフォーマンスを披露しようとします。そのため、ダイレクトカッティングで制作されたレコードは、通常のレコードとは異なる、生々しい臨場感や熱気を帯びたものとなります。この点が、ダイレクトカッティングの大きな魅力と言えるでしょう。

ダイレクトカッティングの制作例

ダイレクトカッティングは、1970年代から1980年代にかけて、多くの作品がリリースされました。以下に、その代表的な例をいくつか挙げます。

リー・リトナー『ジェントル・ソウツ』・『シュガー・ローフ・エクスプレス』 (1977年): 日本ビクターがプロデュース。高度な演奏技術が求められる難曲を、一発録りで収録。
THE SQUARE『Midnight Lover』(1978年): 初回盤のみダイレクトカッティングで制作。
ザ・キング・トーンズ『DOO-WOP! Tonight』(1980年): 大瀧詠一プロデュース。モノラルミックス・ダイレクトカッティングで、ドゥーワップ草創期の録音を再現。
西島三重子『地球よ廻れ／ダイレクトカット45』(1988年): テープレコーダーを通さず、公開録音で制作。音溝が等間隔になっている。
ジム・ホール『無言歌』(1972年): ダイレクトカッティングと同時に録音されたテープを編集したものがCD化されている。
ハービー・ハンコック『ダイレクトステップ』、『ザ・ピアノ』(1978年録音、1979年発売)
ジョー・サンプル、レイ・ブラウン、シェリー・マン『ザ・スリー』(1976年): 同じ曲目でテイク違いの2種類がLP発売。CDには両テイクを収録。
グレイト・ジャズ・トリオ『ダイレクト・フロム LA』
ザ・ペンタゴン『ザ・ペンタゴン』(1976年)
井筒香奈江『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio』(2019年): 21世紀初のダイレクトカッティング盤。

これらの他にも、多くのアーティストがダイレクトカッティングに挑戦し、その技術と音楽性を追求しました。

ダイレクトカッティングの現在

現在では、デジタル録音技術が発達し、ハイレゾ音源で細部まで正確な編集が可能になっています。そのため、ダイレクトカッティングの音質的なメリットは薄れてきています。しかし、ダイレクトカッティングによって生まれる、演奏の緊張感や一発録りならではの臨場感は、デジタル録音では味わえない魅力として、現在も一部のアーティストやオーディオマニアに支持されています。

ダイレクトカッティングは、アナログレコードの歴史を語る上で欠かせない、特別な制作方法の一つです。その技術と精神は、今もなお、音楽制作の現場に影響を与え続けています。

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