ダクテュロス

ダクテュロス（古代ギリシア語: δάκτυλος、ラテン語: dactylus）は、西洋古典詩における基本的な韻脚の一つです。その特徴は、一つの長い音節の後に二つの短い音節が続く構造にあります。このパターンから、「長短短格」とも呼ばれます。

古代ギリシア語やラテン語の詩では、音節の長さ（長短）が韻律を構成する上で重要な要素でした。ダクテュロスは、この長短のリズムを用いて詩に音楽的な響きを与えました。しかし、近代の西洋詩においては、音節の長短の代わりにアクセントの強弱が韻律の基準となることが一般的です。このため、近代詩におけるダクテュロスは、強いアクセントを持つ音節の後に二つの弱いアクセントを持つ音節が続くパターンとして捉えられ、「強弱弱格」と呼ばれています。英語では一般的に「ダクティル（dactyl）」として知られ、形容詞形は「ダクティリック（dactylic）」です。

ダクテュロスと対照的な構造を持つ韻脚に「アナパイストス」があります。こちらは短い音節が二つ続き、その後に長い音節が来るパターン（短短長格）です。近代詩では、二つの弱いアクセントを持つ音節の後に強いアクセントを持つ音節が続く「弱弱強格」に対応します。

この独特な長短短、あるいは強弱弱のパターンを記憶するための手助けとなるのが、その名称の由来です。「ダクテュロス」という言葉は、古代ギリシア語で「指」を意味する単語から来ています。人間の指、特に人差し指や中指などを思い浮かべてみてください。付け根の第一関節から先までを一つの単位とすると、根元に近い第一関節間の骨は比較的長く、その先の第二関節間、そして指先の骨はそれよりも短いことが多いです。この「長い部分＋短い部分＋短い部分」という構造が、ダクテュロスの音節パターンと対応しているのです。興味深いことに、「poetry（詩）」という英語の単語自体が、このダクテュロスのリズムを持つ例として挙げられることがあります。

古典詩におけるダクテュロス

ダクテュロスは、西洋古典詩において非常に重要な役割を果たしました。特に有名なのが、「ダクテュロス・ヘクサメトロス（長短短六歩格）」と呼ばれる詩形です。これは、ダクテュロスを基本とする韻脚が一行に六つ並ぶ構造を持ちます。古代ギリシアの詩人ホメーロスの叙事詩『イーリアス』や『オデュッセイア』、ローマの詩人ウェルギリウスの叙事詩『アエネーイス』など、西洋文学を代表する叙事詩の多くがこの詩形を用いて書かれており、「英雄詩形」とも称されます。

また、悲しみや哀悼を歌う「エレゲイア」という詩の形式では、ダクテュロス・ヘクサメトロスの行と、それに続く「ダクテュロス・ペンタメトロス」の行が対になって繰り返される構造が一般的でした。ペンタメトロスは五つの脚から成りますが、そのうちのいくつかがダクテュロスであったり、変化形（例: 長長格）であったりします。このように、ダクテュロスは単独で用いられるだけでなく、他の詩形と組み合わさることで多様な表現を可能にしました。

近代詩・歌曲における例

音節の長短よりもアクセントの強弱が重視される近代詩においても、ダクテュロス（強弱弱格）のリズムは引き継がれています。例えば、19世紀アメリカの詩人ヘンリー・ワズワース・ロングフェローの叙事詩『エヴァンジェリン』は、強弱弱六歩格（dactylic hexameter）を用いて書かれています。その冒頭の一節は、まさにこのリズムの良い例となっています。

This is the / forest prim- / eval. The / murmuring / pines and the / hemlocks,

この行を読んでみると、「This is the」、「forest prim-」、「eval. The」、「murmuring」、「pines and the」、「hemlocks」というように、強いアクセントの音節の後に二つの弱いアクセントの音節が続くリズムが感じられます。ただし、上の例のように、ダクティリック・ヘクサメトロスではしばしば最終脚がダクティルではなくトロカイオス（強弱格）やスポンディー（強強格）になるなど、規則に変化が加えられることもあります。

さらに近年の例としては、ビートルズの楽曲『ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ』の歌詞の一部に見られるダクテュロス的なリズムが挙げられます。

Picture your self in a boat on a river with
tangerine tree-ees and marmalade skii-ii-es.

これらの行、特に「Picture your self in a」、「tangerine tree-ees and」といった部分は、強弱弱のリズム、すなわちダクティル・テトラメトロス（強弱弱四歩格）に近い構造を持っています。このようなダクテュロスを基調とするリズムは、しばしばワルツのような三拍子の軽快な響きを生み出します。

このように、ダクテュロスは古代から現代に至るまで、詩や歌詞のリズムを形成する上で重要な役割を果たし続けている韻脚の一つと言えるでしょう。

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