ダニエル・カールトン・ガジュセック

ダニエル・カールトン・ガジュセック：クールー病研究と晩年の悲劇

アメリカ合衆国の医師であり、医学研究者であるダニエル・カールトン・ガジュセック（1923年生まれ、2008年没）は、医学史において特異な足跡を残した人物です。ニューヨーク州ヨンカーズで生まれた彼は、プリオン病として初めて報告されたクールー病の研究という輝かしい業績で知られ、1976年にはバルチ・ブランバーグと共にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。しかし、彼の人生は、後に自身が引き起こした重大な不祥事により、その栄光に暗い影を落とすことになります。児童性的虐待の罪で有罪判決を受けたことは、彼の名声を著しく損ないました。日本語ではガイジュセクとも表記されますが、本来の発音はガイダシェックに近いとされています。

クールー病との出会いと研究

ガジュセックがノーベル賞受賞へと至る契機となったのは、パプアニューギニアのニューギニア島南部高地に住むフォレ族の間で流行していた謎の病、クールー病の研究でした。現地の言葉で「震える」を意味するこの病気は、「笑い病」とも呼ばれ、フォレ族の間で1950年代から60年代にかけて広がっていました。この奇病についてガジュセックに初めて伝えたのは、フォレ族の地区を担当していた医師、ビンセント・ジーガスでした。

ガジュセックは、この地特有の神経疾患であるクールー病について、医学的な詳細な研究を開始しました。彼は実際にフォレ族の人々と共に生活し、彼らの言葉や文化を深く理解しようと努めました。同時に、クールー病の犠牲となった人々の遺体を解剖するなど、精力的に調査を進めました。その結果、彼はクールー病の流行が、フォレ族に伝わる独特の儀式と関連しているのではないかという仮説を立てました。この儀式とは、追悼のために死者の脳を食べるというものでした。

彼の研究は、この儀式が病気の感染経路であるという結論に達し、これは後に正しいことが証明されます。フォレ族がこの儀式をやめた結果、クールー病は一世代のうちに事実上消滅しました。ガジュセック自身は、この病気の原因となる具体的な物質を特定するには至りませんでしたが、彼の研究は後のプリオンと呼ばれる異常なタンパク質がクールー病の原因であることを明らかにする重要な基盤となりました。

経歴の歩み

ガジュセックの生い立ちは多文化的な背景を持っています。父はスロバキアからの移民であり、母はハンガリーのデブレツェン出身でした。彼は1943年にロチェスター大学を卒業した後、1946年にハーバード大学で医学博士号を取得しました。その後、コロンビア大学、カリフォルニア工科大学、ハーバード大学で博士研究員として研究を続け、ウイルス学者として徴兵も経験しました。

国際的な活動も早くから行っており、1952年から53年にはテヘランのパスツール研究所で、1954年にはメルボルンにある医学研究所で客員研究員として勤務しました。特にメルボルンでの経験が、後のノーベル賞に繋がるクールー病研究との出会いをもたらしました。1958年にはアメリカ国立衛生研究所（NIH）のウイルス学・神経学部門の長に就任し、医学研究のリーダーとして活躍しました。1974年にはアメリカを代表する学術組織である全米科学アカデミーの会員に選ばれ、その業績が高く評価されました。また、1988年にはトーマス・ハックスリー記念賞を受賞するなど、国内外で多くの栄誉を受けました。

2008年 12月12日、彼は訪問先のヨーロッパ、スウェーデンのトロムソでその生涯を終えました。享年85歳でした。

晩年の悲劇：児童性的虐待事件

輝かしい医学研究者としてのキャリアとは対照的に、ガジュセックの晩年は深刻な事件によって汚されました。彼は南太平洋地域での研究活動の際、より良い教育を受けさせることを目的として、現地の子供たちをアメリカ合衆国に連れ帰り、自身の家で共に生活させていました。

しかし、彼が引き取った男児の一人が成年後、ガジュセックから性的虐待を受けたと訴えました。この訴えに基づき、1996年4月に彼は児童性的虐待の罪で起訴されました。裁判の結果、彼が研究室に残していたノートの記述、被害者の詳細な証言、そしてガジュセック自身が自白した内容に基づき、1997年に有罪判決が言い渡されました。

彼は司法取引に応じ、自ら罪を認めることで、懲役19ヶ月の実刑判決を受けました。1998年に刑務所から釈放された後、彼は5年間の保護観察期間をヨーロッパで過ごすことが許可されました。この事件は、科学界だけでなく社会全体に大きな衝撃を与え、彼の築き上げた名声は回復不能なほど傷つけられました。事件に関連して、エジンバラ大学の心理学者クリス・ブランドがガジュセックへの扱いを不当であると擁護しましたが、後にブランド自身が大学から解雇されるという出来事もありました。

ダニエル・カールトン・ガジュセックの人生は、人類の病気克服に貢献した偉大な科学的探求と、倫理的な一線を越えた個人の行動という、光と影の極端な対比を示すものとして記憶されています。彼のクールー病研究の業績は医学史に不可欠なものですが、晩年の事件は科学者の社会的責任と倫理について重い問いを投げかけています。

もう一度検索