チェス・プロブレム

チェスプロブレムとは

チェスプロブレム、またはチェスコンポジションは、チェスのルールに従って作られたパズルです。与えられた局面に対して、特定の条件を満たす解答を求める形式で、実戦のチェスとは異なり、芸術的な側面が重視されます。

概要

プロブレムでは、例えば「白が一手で黒のキングをチェックメイトする」といった具体的な解答条件が設定されます。これらの問題を作成する人を「作局家」と呼びます。プロブレムには独自の専門用語が多数存在します。

プロブレムは、戦術的パズルとは対照的です。戦術的パズルは実戦の局面やそれに近い状況から最善の手を見つけることを目的としますが、プロブレムは実戦ではありえないような人工的な局面と解答を持つように作られています。プロブレムは、チェスの実力向上よりも、その構成と解答の美しさが重視されます。

プロブレムの構成

プロブレムには、以下のような共通の特徴が見られます。

人工的な局面: 実際の対局からではなく、問題を提示するために創作された局面です。ルールに従った手順で到達可能な局面である必要はありますが、実戦で出現する可能性は低いものがほとんどです。
特定の解答条件: 例えば、指定された手数で黒のキングをチェックメイトするなど、明確な解答条件が設定されています。
テーマ: プロブレムは、特定のテーマを表現するために作られます。このテーマこそがプロブレムの核となります。
効率性: テーマを表現するために必要な最小限の駒数で構成されることが重視されます。
美的価値: プロブレムは、芸術作品として鑑賞に値する美しさを持つことが求められます。

現存する最古のプロブレムは9世紀に作られたものですが、現在の形に近いプロブレムは19世紀に登場しました。以降、作局家たちは新たな構想を追求し、数多くの作品が生み出されています。

美的価値

プロブレムは、単に解くことだけでなく、芸術作品としての鑑賞価値が重要です。この美的価値は、効率的なテーマ表現と密接に関わっていますが、美醜の判断基準は人によって異なり、時代によっても変化します。現代では、美しいプロブレムの要素として一般的に以下の点が挙げられます。

合法性: 局面は、初形から合法的な手順で到達可能でなければなりません。
キーの唯一性: 解答条件を満たす初手は一つだけである必要があります。複数の初手が可能な場合、不完全作とみなされます。
デュアルの回避: 直接メイト問題では、理想的にはどの黒の応手に対しても白の応手は一つでなければなりません。
テーマ性: 解答は、単なる手当たり次第の読みではなく、特定のテーマに沿って説明できる必要があります。
キーの非自明性: 解の初手は、簡単に見つけられるものであってはなりません。
ポーン昇格の回避: 問題図には、ポーンの昇格によって生じた駒があってはなりません。
駒の効率性: 盤上の駒はすべて、作意解の成立や別解の排除に役立っていなければなりません。
手数効率: テーマは、可能な限り最短手数で表現されるべきです。

主な種類

プロブレムには様々な種類があります。代表的なものを以下に示します。

直接メイト: 白が初手を指し、黒の応手に関わらず、指定された手数で黒のキングをチェックメイトする形式。
2手問題：白が1手指し、次の手で詰む
3手問題：白が1手指し、2手以内に詰む
n手問題：白が1手指し、指定手数以内に詰む
ヘルプメイト: 黒と白が協力して黒のキングを詰ませる形式。
セルフメイト: 白が初手を指し、黒の意思に関わらず、白が詰まされる形式。
リフレクスメイト: セルフメイトに、双方がチェックメイトできる手があれば必ず指さなければならないという条件が付加された形式。
連続系: 一方が連続して手を指す形式。
連続メイト：白が連続して手を指し、黒を詰ませる
連続ヘルプメイト：黒が連続して手を指し、白が1手で詰ませる
連続セルフメイト：白が連続して手を指し、黒が1手で白を詰ませる
連続リフレクスメイト：白が連続して手を指し、黒が1手で白を詰ませるリフレクスメイト

これらのうち、直接メイト以外は、通常とは異なるルールを用いるため、フェアリーチェスの一種とみなされます。

また、スタディと呼ばれる「白が勝つ（または引き分ける）手順を求める」タイプの問題も存在します。スタディはプロブレムの一種とされますが、手数制限がないため、プロブレムとは区別されることが多いです。

さらに、レトログレード解析や最短プルーフゲーム、Construction taskなど、特殊な問題も存在します。

レトログレード解析: 与えられた局面に至るまでの手順を求める問題。
最短プルーフゲーム: チェスの初期局面から与えられた局面までの最短手順を求める問題。
Construction task: 特定の条件を満たすゲームや局面を作成する問題。

例題

以下は、T. Taverner が1881年に作成したプロブレムの例です。

[ここに図を挿入]

このプロブレムの初手はRh1です。この手は直接的な狙いがなく、見つけにくいものです。この手によって、黒はツークツワンク（指さなければならない状況）に陥ります。黒が可能な19の手全てが、次の手でチェックメイトとなる局面になります。

例えば、1. ... Bxh7とすると、d5への効きがなくなり、2. S(=N)d5#でチェックメイトになります。また、1. ... Re5とすると、逃げ道が塞がり、2. Qg4#でチェックメイトとなります。

このプロブレムでは、黒がすでにツークツワンクに近い状態であることがポイントです。もし黒が先に指せるなら、Re3かBg5と指すはずですが、これらの手はいずれも黒のキングの逃げ道を塞ぎ、白のルークがh2にいなければメイトとなります。このルークとビショップが並んでいる配置は「Organ Pipes」と呼ばれ、黒の駒が互いに干渉しあう効果を示します。例えば、黒が 1. ... Bf7 と指すと、ルークのf5への利きが遮られ、2. Qf5# でメイトとなります。これは「自己干渉」と呼ばれます。同様に、黒が 1. ... Rf7 と指すと、ビショップのd5への利きが遮られ、2. Nd5# でメイトになります。これは「グリムショウ干渉」と呼ばれます。このプロブレムには、多数のグリムショウ干渉が存在します。

略号

プロブレムの専門誌では、スペースや言葉数の制限から、プロブレムの条件を示すために様々な略記法が用いられます。以下に一般的なものを紹介します。

#: チェックメイト
=: ステイルメイト
h: ヘルプメイト
s: セルフメイト
r: リフレクスメイト
ser-: 連続...

これらの記号に、解答条件を達成すべき制限手数を加えて示します。例えば、#3は3手詰、ser-h=14は連続ヘルプステイルメイト14手を意味します。

競技会

プロブレムの創作と解答を競う競技会も開催されています。創作競技には公式なものと非公式なものがあり、公式競技ではプロブレムが審査された後に公開されます。一方、非公式競技では公開されたものを対象に審査が行われます。解答競技も同様に公式と非公式に分かれており、通信によるものと、参加者が集まって行うものがあります。世界チェス解答選手権は、最も有名な解答競技の一つです。

称号

実戦チェスと同様に、優れたプロブレムの作者や解答者にはFIDEからグランドマスター、インターナショナルマスター、FIDEマスターの称号が与えられます。創作部門では、FIDEアルバムに掲載された作品の数によって称号が与えられます。解答部門では、世界チェス解答選手権の成績によって称号が与えられます。

用語

プロブレムには多くの専門用語が存在します。ここでは代表的なものを紹介します。

アイデアルメイト: 白黒双方の全ての駒がメイトに参加しているピュアメイト。
アルビノ: 白のポーンが初形位置にあり、4種類の指し手が可能な状況。
アンチブリストル: 同一線上における黒の同種2駒による干渉。
エクセルシオール: 解の進行でポーンが成るために盤の端まで動くプロブレム。
S: プロブレムではナイトをSと表記（Nはフェアリー駒のナイトライダー）。
n手詰: 白が初手を指し、n手で黒のキングを詰ませる問題。
干渉: ある駒の利き筋を別の駒が遮断すること。
キー: 解の初手。
グリムショウ: 2つの黒の駒が相互に干渉する仕掛け。
効率: プロブレムの構成における駒数、空間、動機の効率性。
先を越された: 以前のプロブレムとテーマが類似していること。
スレット: 黒が防御を放棄した場合に白が指す手。
セットプレイ: 先に他方のプレイヤーが動かした場合に可能となる指し手。
全種類成: 解にすべての可能な駒へのプロモーションが含まれるプロブレム。
相: 初手、紛れ、セットプレイ後の指し手それぞれの構成要素。
デュプレックス: 2つの解があり、2番目の解が最初の解における色の役割を逆転させたプロブレム。
ドミネーション: スタディにおいて、駒の動きに自由度があっても取られる運命にある状態。
ノボトニ: 2つの駒から取られる可能性のある位置への捨駒により、取った駒が他方の駒の利きを遮断する手筋。
ピュアメイト: メイトされたキングの周りのマスが敵の1つの利きしかない状態。
レトログレード解析: 与えられた局面への指し手の推論。
バッテリー: 後ろの駒から攻撃をするために前の駒が動く一対の駒。
別解: 作者が気づかなかった第2の初手。
紛れ: キーと異なり、黒の唯一の強防により詰まない手。
ミニアチュア: 初期局面で駒数が7個以下のプロブレム。
ミューテート: セットプレイの詰筋が初手に従って変化するブロックプロブレムの一種。
モデルメイト: 白のキングとポーン以外の駒がメイトに参加しているピュアメイト。
ラウンドトリップ: 解において、あるマスを離れた駒が後に遠回りの経路でそこに戻るもの。
Lacnyサイクル: ある指し手の相において、応手に対しそれぞれ特定の詰ませ方をし、他の相では別の詰ませ方をするプロブレム。
リフレクスメイト: 本文参照。
連続詰: 一方が連続して指すことのできるプロブレム。

これらの用語は、プロブレムを理解する上で重要です。

まとめ

チェスプロブレムは、単なるパズルではなく、チェスのルールを基にした芸術作品です。その美しさ、複雑さ、そして創造性によって、多くの人々を魅了し続けています。プロブレムの世界は奥深く、その魅力は尽きることがありません。

もう一度検索