チェルフィッチュ

日本を拠点とする演劇ユニット「チェルフィッチュ」は、劇作家・演出家の岡田利規が主宰し、1997年に設立されました。ユニット名の「チェルフィッチュ（Chelfitsch）」は、英語で「自分本位」を意味する「セルフィッシュ（selfish）」という言葉を、幼児が不明瞭に発音した様子を模した造語であるとされています。この名称は、常識や既存の価値観に囚われず、独自の視点から世界を捉え直そうとする彼らの姿勢を示唆していると言えるでしょう。

彼らの演劇スタイルは、劇作家の平田オリザが提唱した現代口語演劇理論を、さらに現代社会のリアリティに合わせて発展させたものと評価されており、「超口語演劇」と呼ばれる独特の表現手法を確立しています。彼らの作品では、登場人物たちが日常の中で交わす、どもりや言い間違い、無意味な繰り返しを含む生々しい口語体が多用されます。また、身体表現も特徴的で、感情や状況とは直接的に結びつかないような、脱臼したような動きや日常的な所作が用いられます。これらの要素が組み合わされることで、現代人の身体と意識の間に生じるズレや、言葉にならない感情が表現されます。

設立当初から様々な作品を発表してきましたが、特に2001年に上演された『彼等の希望に瞠れ』以降、現代の若者たちの日常的な会話や感覚をより強く反映させた作風へと変化していきました。この独自のスタイルは次第に演劇界内外で注目を集めるようになります。2004年には作品『三月の5日間』が、新進作家の登竜門として知られる第13回ガーディアンガーデン演劇フェスティバルに選出され上演されました。翌2005年には、ダンスの分野で新たな才能を発掘するトヨタコレオグラフィーアワードの最終選考に残るなど、演劇の枠を超えた評価も得るに至ります。そして、2006年には、主宰である岡田利規が『三月の5日間』によって第49回岸田國士戯曲賞を受賞。この受賞は、チェルフィッチュのスタイルが現代演劇の重要な潮流の一つとして広く認知される契機となりました。

チェルフィッチュは国内各地の劇場やフェスティバルで精力的に活動を展開しています。特に、STスポット横浜やKAAT神奈川芸術劇場、ロームシアター京都など、新しい演劇表現を支援する施設や国際的なフェスティバルでの上演が多い傾向にあります。彼らの活動は国内にとどまらず、海外からも高い評価を受け、招聘される機会が増えています。ブリュッセル、マンハイム、モデナなど、ヨーロッパを中心に世界各地で公演を行い、国際的な存在感を確立しています。これは、彼らの描く現代社会の歪みや、言葉と身体のズレといったテーマが、国境を越えて共感を呼ぶ普遍性を持っているためと言えるでしょう。

近年では、映像表現を取り入れた「映像演劇」や、美術家の金氏徹平とのコラボレーションによるインスタレーション的な作品（『消しゴム山』『消しゴム森』『消しゴム畑』などの「消しゴム」シリーズ）など、表現形式を多様化させています。また、オンラインでの作品発表も行うなど、時代の変化に対応した活動も行っています。チェルフィッチュは、常に新しい表現方法を模索し、現代社会と人間のあり方を問い直し続けている、日本の現代演劇における最も先鋭的で影響力のあるユニットの一つです。その独特な言葉遣いと身体表現は、多くの演劇人や観客に新たな視点を提供し続けています。

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