チミジン

チミジン（Thymidine）は、デオキシヌクレオシドと呼ばれる生体分子の一種であり、デオキシリボ核酸（DNA）を構成する主要な単位の一つです。具体的には、五炭糖であるデオキシリボースと、ピリミジン塩基であるチミンが結合した構造を持っています。DNA鎖の中では、「dT」という略号で表されることがあります。DNAを構成する他のヌクレオシドと共に、遺伝情報の保持と伝達に不可欠な役割を担っています。

DNAにおける役割

DNAは一般的に二本の鎖が互いに巻きついた二重らせん構造を形成しています。この二本の鎖の間では、特定のヌクレオチド間で決まったペアが形成されます。チミジンは、もう一方の鎖に存在するデオキシアデノシン（dA）と特異的に結合し、アデニンとチミンの間で二つの水素結合を形成します（A-T塩基対）。この厳密な塩基対形成規則は、DNAが複製される際に、鋳型鎖の情報が正確に新しい鎖にコピーされるために極めて重要です。

細胞生物学における応用

細胞の増殖プロセスである細胞周期を研究する際に、チミジンはその特性を利用して細胞集団の周期を同期させるために使われることがあります。細胞がDNA合成を行うS期に入る直前のG1期後半からS期初期にかけて、細胞は周囲のチミジンを取り込み、DNA合成に利用します。この性質を利用し、培地に過剰なチミジンを添加することで、特定の段階にある細胞を一時的に停止させ、その後の段階へと同調的に進ませるといった実験操作が行われます。

構造と物理的・化学的性質

チミジンは、デオキシリボースの1位の炭素にチミンのN1位の窒素がグリコシド結合によって繋がった構造をとります。生体内では、このチミジンにリン酸基が付加されることで、デオキシチミジン一リン酸（dTMP）、デオキシチミジン二リン酸（dTDP）、デオキシチミジン三リン酸（dTTP）といった様々なリン酸化体が生じます。特にdTTPは、DNAポリメラーゼによって新しいDNA鎖に組み込まれる直接的な材料となります。純粋なチミジンは、常温・常圧下では安定した物質で、白い微細な結晶、または結晶性の粉末として存在します。その分子量は242.299、融点は185℃です。

生体内の存在と安全性

チミジンは、ヒトを含む多くの生物の細胞内や、DNAをゲノムとして持つウイルスにおいて、DNAの構成成分として自然に存在しています。現在のところ、チミジンそのものに毒性があることは知られていません。

RNAとの比較

DNAと並んで遺伝情報を担う核酸であるRNA（リボ核酸）は、チミジンの代わりにウリジンというヌクレオシドを含んでいます。ウリジンは、リボース糖とウラシル塩基から構成されます。ウラシルは、チミン（5-メチルウラシル）と非常に構造が似ているピリミジン塩基ですが、DNAとRNAの構成成分を区別する重要な点です。チミジンやそのリン酸化体は主にDNA合成に関わるため、DNA由来であることを示す接頭辞「d」（デオキシ）を冠して表記されることが一般的です（例：dTMP, dTTP）。

チミジンアナログとその応用

チミジンの構造を化学的に修飾した化合物であるチミジンアナログは、生物学研究や医療分野で多様な用途に用いられています。

ヨードデオキシウリジン（IdU）: チミン塩基のメチル基をヨウ素で置き換えたアナログです。放射線治療と組み合わせることで、細胞の放射線感受性を高め、DNAへの損傷を増強させる研究が進められています。
アジドチミジン（AZT、ジドブジン）: 抗ウイルス薬として知られ、特にヒト免疫不全ウイルス（HIV）の治療に初めて用いられた薬剤の一つです。HIVなどのレトロウイルスが自己のRNAゲノムをDNAに変換し、宿主細胞に組み込む際に働く逆転写酵素の働きを阻害することで、ウイルスの増殖を抑制します。
トリチウム化チミジン: 放射性同位体であるトリチウム（³H）で標識されたチミジンです。細胞がDNA合成を行う際にこれを取り込む性質を利用し、液体シンチレーションカウンターなどで放射能量を測定することで、細胞の増殖速度やDNA合成量を定量的に評価するアッセイに広く用いられてきました。
ブロモデオキシウリジン（BrdU）: トリチウム化チミジンと同様に細胞増殖の検出に用いられますが、こちらは放射性ではなく臭素（Br）で標識されています。DNAに取り込まれたBrdUは、特異的な抗体を用いて免疫組織化学染色などの手法で検出できます。放射性物質を使用しないため取り扱いが容易であり、現在では細胞増殖の研究において非常にポピュラーな手法となっています。

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