チヴェルツィ族

チヴェルツィ族：9世紀に現れた東スラヴの農耕民族

チヴェルツィ族は、9世紀に歴史に登場した東スラヴ民族の部族です。彼らはドニエストル川、プルト川、ドナウ川の流域、そして黒海沿岸のブジャク（南ベッサラヴィア）に居住し、現代のウクライナとモルドバにまたがる地域を生活の基盤としていました。

地理的環境と隣接勢力

チヴェルツィ族の西側には、牧畜を営むラテン系のヴラフ人が居住していました。一方、東側にはテュルク系やモンゴル系の遊牧民が広大な草原を跋扈しており、チヴェルツィ族は常に外敵の脅威に晒されていました。

『原初年代記』における記述

チヴェルツィ族に関する最も古い記録は、『原初年代記』の9世紀の記述に見られます。そこでは、他の東スラヴ部族と共に、チヴェルツィ族がドニエストル川沿いに居住し、その数が多く黒海まで広がっていたことが記されています。また、907年と944年にキエフ大公国のオレグやイーゴリ1世がコンスタンティノープルへ遠征を行った際、チヴェルツィ族の軍も同行したとされています。907年の記録には、彼らが通訳として知られていたという記述も残っています。

キエフ大公国への組み込みと同化

10世紀半ばには、チヴェルツィ族の居住地はキエフ大公国の領土に組み込まれました。しかし、12世紀以降にキエフ大公国が分裂すると、チヴェルツィ族はペチェネグ族やポロヴェツ族といった遊牧民の侵入から自らの土地を守ることが困難になりました。その結果、多くのチヴェルツィ族は北方へ逃れ、周辺のスラヴ諸部族に徐々に同化していきました。

集落跡とキエフの影響

ドニエストル川とプルト川の間には、Alcedar、Echimăuţi、Ţareuca、Rudiといった地域に、スラヴ民族のものと思われる集落跡や城址がいくつか存在しています。これらの居住地はキエフ大公国の都市との共通点が多く、一部はキエフから導入された様式であると考えられています。『原初年代記』には、チヴェルツィ族とウリチ族の都市が記録編纂当時（12世紀初頭）にも残っていたと記されています。

まとめ

チヴェルツィ族は、9世紀から12世紀にかけてドニエストル川流域で独自の文化を築いた東スラヴ民族の一派でした。彼らはキエフ大公国との関係や遊牧民との戦いを通じて歴史に名を残しましたが、最終的には他のスラヴ民族に同化し、その痕跡はわずかな集落跡と歴史記録の中に残るのみとなりました。

参考文献
中村喜和訳 『ロシア中世物語集』、筑摩書房、1985年
和田春樹編 『ロシア史』（世界各国史22）、山川出版社、2002年

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