イーゴリ1世

イーゴリ1世：キエフ公国の激動の時代を生きた大公

イーゴリ1世（865年/877年? - 945年）は、キエフ公国の大公として、913年/923年から945年まで在位しました。リューリクの子とされるものの、異説も存在します。オレグの死後、キエフ大公国の支配者となりました。

生涯

当初は、ヴァイキングのオレグが幼いイーゴリ1世の摂政を務めていました。『原初年代記』によれば、オレグはイーゴリ1世を擁して南下し、ルーシの中心をノヴゴロドからキエフへ移しました。この際、キエフを支配していたアスコルドとジールを策略によって殺害したとされています。

イーゴリ1世の時代は、キエフ公国のスラヴ化が進展した時期であり、リューリクの子でない場合、彼は東スラヴ人初の君主である可能性も高まります。イーゴリという名前は、古ノルド語のイングヴァルに由来するとも言われています。彼の軍にはヴァイキングの精鋭が多く含まれていましたが、彼自身はヴァイキング的な性質をあまり持っていなかったようです。

903年頃、プスコフ出身のオリガを后に迎え、910年代には摂政オレグに代わり、軍務に携わりました。

治世

『原初年代記』によれば、913年にイーゴリ1世の治世が始まりました。オレグの死後、ドレヴリャーネ族はイーゴリ1世の支配から逃れようとしましたが、914年にイーゴリ1世は彼らを攻撃し、勝利を収めました。そして、オレグの時代よりも多くの貢物を要求しました。

その後、周辺部族を平定し、貢納を課しました。この頃、東方から遊牧民のペチェネグ族が現れました。915年に初めてルーシ支配下の土地に現れ、イーゴリ1世と敵意がないことを確認し、ドナウ川方面へ去りましたが、920年にはイーゴリ1世とペチェネグ族の間で戦闘が発生しました。これがきっかけとなり、キエフ公国との抗争が始まりました。

巡回徴貢

953年頃、ビザンツ皇帝コンスタンティノス7世は『帝国統治論』の中でルーシについて記述しています。それによると、冬の11月頃、ルーシの人々はキエフ公を先頭に巡回徴貢に出かけ、河川を丸木舟で移動しながら、ドレヴリャーネ族など多数の共同体の拠点を訪れ、食料を提供させ、貢ぎ物を徴収して春の4月にキエフへ戻っていました。

これはイーゴリ1世の時代の巡回徴貢による部族支配の様子を示すものです。この制度は、スラヴ民族の農業、工業、商業の発展を背景に成立していました。

東ローマ帝国遠征

東ローマ帝国は8世紀から11世紀にかけて発展を続け、11世紀前半には最盛期を迎えました。961年にはイスラム教徒からクレタ島を奪還し、国民の文化水準も高く、豊かな農民は重装備騎兵として活躍していました。帝国で生産される絹織物は周辺民族の憧れの的であり、政治的にも利用されていました。

最初の遠征（941年）

941年、イーゴリ1世は東ローマ帝国へ遠征しました。『原初年代記』によれば、1万人のルーシ軍が陸路と水路で黒海沿岸のヴィフィニヤに侵攻し、イラクリヤ、パフラゴニヤ、ニコメディヤなどを征服しました。彼らは港に火を放ち、捕虜を虐殺し、教会や修道院、村落を略奪しました。

当時の東ローマ軍は東部属州へ遠征中で、海軍も地中海や黒海を巡航しており、首都コンスタンティノープルの守りは手薄でした。しかし、東ローマ側は残された老朽船15隻を修理して出撃し、ルーシ軍を包囲しました。激しい戦闘の末、ギリシア軍が勝利し、ルーシ軍は船で逃走しました。

フェオファンはギリシアの火を発射し、ルーシ軍は大混乱に陥りました。帰還したルーシ兵たちは、故国でギリシアの火について語りました。

二度目の遠征（944年）

944年、『原初年代記』によると、イーゴリ1世はヴァリャーグ人、ルーシ人、その他の部族の戦士に加え、ペチェネグ人を傭兵として雇い、東ローマ帝国への復讐を目指しました。

遠征の途中、ルーシ軍の規模を知った皇帝ロマノス1世レカペノスは、貴族をイーゴリ1世のもとに派遣し、貢物を贈る代わりに侵攻を中止するよう交渉しました。イーゴリ1世は親兵隊と協議し、彼らの進言に従い、貢物を受け取ってキエフへ帰還しました。

親兵隊の助言は、復讐よりも貢物を優先するものでした。9世紀から10世紀のキエフ・ルーシでは、漁猟や採集で生計を立てる人々や農村が混在し、その中心に戦士を中心とした族長が住む社会でした。巡回徴貢が可能な程度には産業が発展していましたが、支配地域からの貢税は少なく、遠征は権力を得るための富を得る手段であり、支配階級の「生業」でした。

ルーシ・ビザンツ条約（944年）

944年、イーゴリ1世は東ローマ帝国と講和し、新たな条約を締結しました。しかし、この条約はオレグが締結した907年の条約に比べて、ルーシ商人の権利が制限され、違反時の罰則が強化されるなど、不利な内容でした。皇帝は宣誓のためにキエフへ使者を派遣し、イーゴリ1世と家臣たちはスラブの雷神ペルーンに誓い、キリスト教徒のヴァリャーグ人やコザール人は教会で宣誓しました。条約には各地の有力者の名前が多数記載されており、当時のキエフ公国の力が周辺に及んでいないことを示していました。

ドレヴリャーネ族との戦いと死

オレグの時代から、キエフはウクライナ地方の部族に巡回徴貢を行っていました。ドレヴリャーネ族はその待遇に不満を持ち、オレグの死後すぐに蜂起しました。イーゴリ1世の治世では平静を保っていましたが、943年頃にドレヴリャーネ族の長・マルは献納を停止し、イーゴリ1世の使者に反抗的な態度を取り始めました。

945年、イーゴリ1世は自ら兵を率い、ドレヴリャーネ族の本拠地イスコロステニに進軍しました。『原初年代記』によると、親兵隊がイーゴリ1世に対し、自分たちの着物や武器が貧しいと訴え、貢物を取りに行くことを求めたため、イーゴリ1世は彼らの願いを聞き入れました。

イーゴリ1世と親兵隊はドレヴリャーネ族から従来の貢物に加え、さらに貢ぎ物を納めさせました。ほとんどの親兵隊は帰国しましたが、イーゴリ1世は更なる財産を求めて、少数の親兵隊とともにイスコロステニへ引き返そうとしました。しかし、マルは「もし彼を殺さなければ、我々は滅ぼされるだろう」と言い、ドレヴリャーネ族はイスコロステニから出撃し、イーゴリ1世一行を全滅させました。イーゴリ1世の墓はイスコロステニにあります。

ビザンツの歴史家レオン・ディアノコスの記録によれば、イーゴリ1世は2本のカバノキの間に縛り付けられ、木の弾力を利用して八つ裂きにされたとされています。二つに裂かれたという説もあります。

イーゴリ1世の後を幼い息子スヴャトスラフ1世が継ぎ、オリガが摂政となりました。オリガは夫の仇であるマルをはじめとするドレヴリャーネ族を殺戮し、イスコロステニの街を焼き払いました。

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