ツマアカスズメバチ

ツマアカスズメバチ（学名：Vespa velutina）は、ハチ目スズメバチ科スズメバチ属に分類される昆虫です。その和名は、腹部（尻）の先端部分が赤褐色であるという形態的な特徴に由来します。「ツマアカ」とは「端（つま）が赤い」という意味で、この外見が本種を識別する重要な目印の一つとなっています。

形態

成虫の大きさは、女王バチが体長20～30mm、働きバチが約20mmです。体色は全体的に黒っぽい色合いをしていますが、腹部の先端部は鮮やかな赤褐色を呈しています。日本の在来種であるオオスズメバチやキイロスズメバチと比較すると、一般的にやや小柄です。

分布

ツマアカスズメバチは、アフガニスタンからインド、東南アジアを経て中国、台湾に至るアジアの広範囲を原産地とします。しかし近年、人間の経済活動に伴って本来の生息域を超えて分布を広げており、韓国や日本（対馬）、さらには遠く離れたヨーロッパのフランス、スペイン、イギリスといった国々にも定着しています。ヨーロッパでは、2012年以降にポルトガル、ベルギー、ドイツへと生息範囲が拡大し、今後も他の地域への侵入が懸念されています。韓国では2003年に釜山で初めて侵入が確認されて以降、急速に数を増やしています。日本国内でも、最初に定着が確認された対馬だけでなく、九州本土の一部地域や山口県でも生息が確認されるようになってきており、その分布域はじわじわと広がりつつあります。

生態

本種は肉食性で、ハエやトンボなどのさまざまな昆虫を捕食しますが、特にミツバチを好んで襲うことが知られています。その攻撃性や凶暴性は他のスズメバチと比較しても際立って高く、巣に不用意に近づくものに対しては非常に執拗に追跡し、攻撃を仕掛けてきます。営巣場所は、コロニーの成長段階によって変化する特徴があります。初期には茂みや低木の中、あるいは地中などに比較的小さな巣を作りますが、コロニーが大きくなるにつれて、樹木の高い場所やマンションなどの建築物の壁面に大きな巣を移設する傾向があります。特に樹木上部の巨大な巣（直径が1メートルを超えることもあります）は発見が難しく、駆除作業も危険を伴うため、在来種スズメバチの巣に比べて難易度が高いとされています。

人間との関わりと影響

ツマアカスズメバチは、その強い攻撃性から人間への健康被害をもたらすことがあります。台湾やマレーシア、インドネシアなどでは、刺傷による死亡事例も報告されています。日本においては、2013年に対馬で初めて営巣が確認されましたが、実際の定着は2012年には始まっていたと考えられています。本種は、日本の生態系において様々な懸念を引き起こしています。在来のスズメバチとの間でエサ場や営巣場所を巡る競争が生じる可能性や、在来の昆虫類を大量に捕食することによる生態系バランスの撹乱が危惧されています。特に養蜂業にとっては深刻な脅威となっており、ミツバチを効率的に捕食するため、巣箱の周囲でホバリングしてミツバチを待ち伏せます。ミツバチが集団でスズメバチを取り囲み、体温で蒸し殺す「蜂球」という防御行動がありますが、ツマアカスズメバチは空中でホバリングする能力が高いため、この蜂球を回避しやすく、捕食に成功する確率が高いのです。近年のミツバチの大量失踪の原因として、農薬の影響が指摘されることが多い中で、対馬においては本種の捕食活動が要因の一つである可能性も指摘されています。このような状況を受け、日本では2015年1月9日に外来生物法に基づく「特定外来生物」に指定され、同年3月から規制が施行されました。また、環境省の生態系被害防止外来種リストにおいては、特に優先度の高い「緊急対策外来種」に位置づけられています。これに伴い、2016年からはツマアカスズメバチの防除計画が策定され、各地で駆除活動が進められています。また、養蜂業を守るための対策として、AIを活用して羽音を識別し巣を特定するといった駆除技術の研究開発も行われています。

日本国内での分布拡大の経緯を見ると、対馬での定着後、2015年には福岡県北九州市でも営巣が確認されました。北九州で確認された個体群は対馬のものとは遺伝的に異なり、韓国に生息するタイプに近いことから、韓国の釜山港と航路で結ばれている山口県の下関港を経由して侵入した可能性が指摘されています。さらに2019年11月には、山口県防府市の街路樹で営巣が発見され、繁殖能力を持つオスとメスが確認されました。これは本州における初めての営巣確認事例であり、環境省は緊急の生態調査に乗り出すなど、本種の拡散に対する警戒と対策が強化されています。特定外来生物としての指定は、その生態系や人間社会への影響の大きさを物語っており、今後の継続的な監視と防除が不可欠な課題となっています。

もう一度検索