ティリー伯ヨハン・セルクラエス

ヨハン・ティリー：信仰と武勇の生涯

ヨハン・セルクラエス・グラーフ・フォン・ティリー。三十年戦争というヨーロッパを揺るがした大規模な宗教戦争において、カトリック陣営を率いた名将にして、その生涯は信仰と戦いの物語として後世に語り継がれています。1559年、現在のベルギーに位置するブラバント公国で生まれたティリーは、幼少期から強い信仰心を持ち、イエズス会への入会を志したほどでした。しかし、祈りのみに生きるのではなく、剣を執って神の敵を討つことを選び、軍人の道を歩み始めます。

ティリーはスペイン軍に参加し、各地を転戦。雇い主を変えながら、着実に軍事的経験を積み重ねていきます。常に敬虔さを持ち続け、聖母マリアへの祈りを捧げる姿は戦場においても変わることなく、「甲冑をまとった修道士」という異名で広く知られるようになりました。

1598年からはバイエルン公マクシミリアン1世に仕え、東方からのオスマン帝国の脅威に対抗。その卓越した軍事能力はバイエルン公の信頼を得て、次々と昇進し、1605年には陸軍元帥の地位にまで上り詰めます。

1608年、プロテスタント諸侯によるプロテスタント同盟の結成を受け、翌年にはカトリック諸侯によるカトリック連盟が結成され、ティリーは総司令官に任命。これはティリーにとって、宗教戦争の渦中へと身を投じる転機となりました。

1618年、プラハ窓外投擲事件をきっかけに勃発した三十年戦争。ティリーはカトリック連盟軍を率いて皇帝軍と合流し、ボヘミアへの侵攻を開始します。白山の戦いにおける決定的な勝利は、ティリーの軍事才能を改めて証明し、戦争序盤におけるカトリック勢力の優勢を決定づけました。

続くプファルツへの侵攻では、プロテスタント連合軍を率いる複数の指揮官の不協和を巧みに利用し、勝利を重ねます。ヴィンプフェン、ヘーヒスト、そしてハイデルベルクの占領など、次々と戦勝を重ね、プファルツを制圧しました。

1625年にはデンマークが参戦し、戦争は新たな局面を迎えます。兵力不足に悩むティリーは皇帝フェルディナント2世に増援を要請しますが、財政難の帝国は対応に苦慮していました。この状況を打開したのが、アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタインの登場でした。ヴァレンシュタインの軍の増強によって、皇帝軍は優位に立ち、デッサウの戦い、ルッターの戦いでの勝利、そしてデンマークの敗退へとつながっていきました。

しかし、ティリーの名声は、マクデブルク劫掠によって大きく傷つけられることになります。1631年、スウェーデン軍の参戦を受け、マクデブルク包囲戦において、ティリーは徹底的な略奪と焼き討ちを許してしまい、街は壊滅的な被害を受けました。この行為は、プロテスタント諸侯の反発を招き、多くの諸侯がスウェーデンと同盟を結びました。

その後、ライプツィヒを占領しましたが、ブライテンフェルトの戦いではスウェーデン・ザクセン連合軍に敗北。この敗北はティリーの名声に大きな傷を与え、彼のこれまでの輝かしい戦績を部分的に曇らせるものとなりました。

1632年、レヒ川の戦いでは、スウェーデン軍の攻撃を受け負傷。傷が悪化し破傷風を併発、回復の見込みがないと判断されました。病床で、ヴァレンシュタインの再起を聞き、彼に幸運を祈る手紙を残し、74歳でその生涯を終えました。最期の言葉が「レーゲンスブルク」だったという逸話は、彼の帝国防衛への強い意志を示唆しています。

ティリーの生涯は、信仰と武勇、そして栄光と挫折が複雑に絡み合ったドラマチックなものでした。三十年戦争という激動の時代を生き抜き、その名を歴史に刻んだ将軍の生涯は、今もなお人々の関心を惹きつけてやみません。彼が残した業績と、マクデブルク劫掠という暗い影は、歴史における複雑な人物像の一例として、後世に語り継がれるでしょう。

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