テルシーテース

テルシーテース

ギリシア神話に語り継がれる人物、テルシーテース（古希: Θερσίτης）は、英雄たちが活躍するトロイア戦争において、ギリシア連合軍の一兵卒として登場します。アグリオスの子とされる彼は、戦場の片隅で特異な存在感を放ちました。

ホメーロスが描いた異形の姿

叙事詩『イーリアス』の第2歌において、詩人ホメーロスはテルシーテースの姿を克明に描写しています。物語全体においては中心的な役割ではないものの、その描写は印象的です。彼の外見は著しく歪んでおり、足はO脚で不自由、肩は内側に丸まり、頭髪はまるで薮のように乱れていると記されています。さらに、その内面も外見に劣らず卑俗で、下品かつ猥褻な言葉遣いをし、傲慢な態度を崩しませんでした。知恵もあまりなく、ホメーロスは彼の描写を楽しんでいるかのように見えます。

アガメムノーンへの痛烈な批判

テルシーテースは、集会においてギリシア軍の総大将であるアガメムノーンを「強欲」と公然と非難し、さらには第一の英雄アキレウスを「臆病者」と罵りました。このような彼の過激な発言は、英雄たちの秩序を乱すものと見なされ、知将オデュッセウスによってアガメムノーンの持つ王笏で激しく殴打されます。この場面は、『イーリアス』におけるテルシーテースの最も有名なエピソードです。

言葉に宿る真実？

テルシーテースの言葉は、単なる誹謗中傷として片付けられるべきでしょうか。ロバート・グレーヴスは著書『アキレウスの怒り』の序論で、ホメーロスがテルシーテースを滑稽な人物として描いている一方で、彼の発言の中には一定の正論が含まれており、ホメーロスは自分がその内容に賛同していないという体裁を取りつつも、テルシーテースに言いたいことを言わせ、それを記録したのではないかと推測しています。事実、彼の批判的な姿勢は、ソビエト時代のマルクス主義文学においては、権威に立ち向かう異端として評価された側面もあります。

その後の物語と文学作品での登場

『イーリアス』以降の後世の物語では、テルシーテースの最期についても語られています。アマゾーンの女王ペンテシレイアを討ち取ったアキレウスが、その美しさを惜しんで嘆いているのを見て、テルシーテースが彼を嘲笑しました。これに激怒したアキレウスによって、彼は殺されたとされています。

また、テルシーテースはホメーロスの世界を超え、後世の文学作品にも姿を現します。ゲーテの戯曲『ファウスト』第2部の仮装舞踏会の場面では、テルジテス（テルシーテース）として登場し、周囲で起こる出来事を口汚く罵ります。物語の進行役である「先ぶれ」に杖で殴られると、彼は奇妙にも卵に変身し、その卵からコウモリとマムシが生まれるという幻想的な描写がなされています。ウィリアム・シェイクスピアの戯曲『トロイラスとクレシダ』にも、他のトロイア戦争の戦士たちと共に主要人物として登場します（英語読みではサーサイティーズ）。彼は当初、大アイアースに仕えますが、主人を侮辱したために手ひどく殴られます。その後、大アイアースのもとを離れ、勝手にアキレウスに仕えるなど、シェイクスピアは彼を奔放で風刺的な人物として描いています。

社会批評の対象として

テルシーテースの特異な存在は、多くの思想家や文学評論家によっても考察されてきました。ヘーゲル、ニーチェ、エドワード・サイード、ケネス・バークといった人々は、彼の反権威的な姿勢や、醜く卑しいながらも真実の一部を口にする語り手としての役割を、社会批評の観点から論じています。

醜い外見と下品な言葉を持つ一方で、権力者に対する批判を恐れなかったテルシーテースは、単なる滑稽な人物に留まらず、異端性ゆえに後世まで議論の対象となる複雑なキャラクターと言えるでしょう。

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