ディオパトラー

ギリシア神話において、山の精霊であるニュムペーの一人に、ディオパトラー（古希表記: Διοπατρα, ラテン文字転写: Diopatrā）という存在が語り継がれています。日本語で記述する際には、長音を省略してディオパトラと呼ばれることもあります。

彼女の名前は、古代ギリシア語で『ゼウスを父とする者』または『ゼウスに由来する娘』といった意味合いを持つと解釈されています。その具体的な出自については、後世の著述家であるアントーニーヌス・リーベラーリスが伝える伝承によれば、複数の説が存在しています。一つには、最高神ゼウスの多くの娘たちの一人として数えられるという説。もう一つは、テッサリア地方を流れる河の神スペルケイオスと、ニュムペーであるデイノーとの間に生まれた娘たちの一人であるという説です。

ディオパトラーは、テッサリア地方にそびえ立つオトリュス山に住まうニュムペーの一員でした。彼女はこの山域を拠点とし、他の山の精霊たちと共に暮らしていたとされます。

彼女にまつわる物語の中で特に知られているのは、海の支配者である偉大な神、ポセイドーンからの熱烈な求愛に関するエピソードです。ポセイドーン神は、オトリュス山の片隅に暮らすこのニュムペー、ディオパトラーに心を奪われ、何としてもその愛を成就させたいと強く願いました。

ポセイドーンがその願いを叶えるために取った手段は、非常に特異なものでした。伝承によると、彼はディオパトラーの近くにいた彼女の姉妹たちを、自身の意図が達成されるまでの間、一時的に黒ポプラの木に変えてしまったとされています。これは、ポセイドーンがいかにディオパトラーへの思いが強かったか、あるいは求愛の邪魔となる存在を一時的に排除しようとしたのかを示す出来事と言えるでしょう。しかし、この姉妹たちの変身は永続的なものではありませんでした。ポセイドーンは目的を果たした後、木となった姉妹たちを再び元のニュムペーの姿に戻したと伝えられています。

このディオパトラーとポセイドーンのエピソードは、オトリュス山に関連する他の神話とも結びついています。例えば、同じオトリュス山に住んでいたとされる人物、ケラムボスの変身譚です。ケラムボスは羊を飼い、また優れた音楽家でもありましたが、彼は神々や精霊たちを軽んじる態度をとることが多かったとされます。

ケラムボスが最終的にカブトムシの姿に変えられてしまった理由の一つとして、他ならぬこのポセイドーンによるディオパトラーへの求愛と、それに伴う姉妹たちの驚くべき変身という出来事を耳にした際、それを嘲り笑ったことが挙げられています。神聖な事柄や神々の行いを侮る彼の言動が、罰として異形の姿に変えられた原因の一つとなったと語られているのです。

ディオパトラーに関するこれらの物語は、紀元二世紀頃に活動したアントーニーヌス・リーベラーリスが編纂したとされる『ギリシア変身物語集』に記録され、後世に伝えられています。彼女は、神の強い思いによって周囲の環境や存在が一時的に変容させられるという、劇的な出来事の中心に位置するニュムペーとして、神話の中で記憶されています。

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