デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲

デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲 ニ長調 K. 573

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによって1789年に作曲された、ピアノのための変奏曲ニ長調 K. 573は、『デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲』として知られています。

作曲の背景

この作品が書かれたのは1789年の春、モーツァルトがベルリンへの旅に出た際のことです。この旅は、後にルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの重要な後援者となるカール・リヒノフスキー侯爵の誘いにより実現しました。モーツァルトは同年4月8日にウィーンを出発し、プラハ、ドレスデン、ライプツィヒといった都市を経由した後、4月25日にプロイセン王国のポツダムへ到着しました。ポツダムには、プロイセン国王フリードリヒ2世（大王）の離宮であるサンスーシー宮殿があります。

モーツァルトは、かねてより望んでいた国王への謁見を実現させたいと考えていました。そのために、国王が深く寵愛していた宮廷の音楽家、ジャン＝ピエール・デュポールに敬意を示すことが有効だと考えたようです。デュポールは1773年からプロイセン王立宮廷楽団の首席チェロ奏者を務め、国王自身にチェロのレッスンを行うほど信頼されていました。そこでモーツァルトは、デュポールが作曲した『チェロソナタ ニ長調』（作品4-6）の終楽章に含まれるメヌエットを主題として採用し、この変奏曲を作曲しました。具体的には、ポツダム滞在中の4月29日に完成されたとされています。しかし、この作品をもって国王への謁見を願うモーツァルトの努力は、残念ながら実を結ばず、謁見は実現しませんでした。

出版と作品の記録

当時のヨーロッパにおいて、変奏曲は非常に人気のあるジャンルであり、モーツァルトが作曲したピアノのための変奏曲の多くは、彼の存命中に楽譜が出版されました。しかし、この『デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲』は、そうした一般的な例とは異なり、モーツァルトの生前には出版されませんでした。楽譜が世に出たのは、彼の死の翌年にあたる1792年、ウィーンのアルタリア社からの出版によってです。

また、モーツァルト自身が作成した自作目録には、この作品が「6つの変奏曲」として記録されています。現在知られている楽譜には9つの変奏が含まれているため、この差異が何を意味するのかは不明です。自筆譜は失われており、モーツァルト自身が6つの変奏のみを作曲し、残りの3つが他者による加筆なのか、あるいはモーツァルトが後に変奏を増やしたが目録に反映しなかったのかなど、現在では正確なところを確かめる手段がありません。

作品の現状

モーツァルトが作曲したピアノ変奏曲の中で、今日最も広く知られ、頻繁に演奏されるのは『きらきら星変奏曲』（K. 265）です。残念ながら、この『デュポールのメヌエットによる9つの変奏曲』を含め、他の多くの変奏曲は、それに比べると知名度が低く、演奏される機会も少ないのが現状です。

楽曲の構成

本作は、ニ長調、4分の3拍子で書かれており、主題とその後に続く9つの変奏から構成されています。全体の演奏時間は、およそ13分程度です。

主題: ニ長調、4分の3拍子。優美なメヌエットです。
第1変奏～第5変奏: 主題の旋律や和声、リズムを様々に変化させながら展開します。
第6変奏: 調性がニ短調に変わります。雰囲気が一転し、より内省的になります。
第7変奏: 再び元のニ長調に戻ります。短調による変化の後、明るさを取り戻します。
第8変奏: 速度が「アダージョ」と指定され、それまでの変奏よりもはるかにゆっくりとしたテンポになります。この変奏では、多くの変奏に存在する反復記号がなくなります。
第9変奏: フィナーレにあたる変奏です。速度は「アレグロ」となり、軽快に始まります。また、拍子も4分の3拍子から4分の2拍子へと変化します。曲の終盤、50小節目で再び速度が「アダージョ」に変わり、51小節目では元の4分の3拍子の主題の一部が現れて回帰し、静かに曲を閉じます。

この変奏曲は、モーツァルトが特定の目的のために、既存の主題を用いて作曲した興味深い作品であり、彼の変奏技法の多様性を示す一例と言えるでしょう。

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