トト (俳優)

アントニオ・グリッフォ・フォカス・フラヴィオ・アンジェロ・ドゥカス・コムネオ・ポルフィロゲニト・ガリアルディ・デ・クルティス・ディ・ビザンツィオ、通称トト（Totò、1898年2月15日 - 1967年4月15日）は、20世紀のイタリアを代表する多才な芸術家です。ナポリで生まれ、ローマでその生涯を終えた彼は、単なる喜劇俳優に留まらず、作家、歌手、作曲家としても活躍しました。

生涯とキャリアの幕開け

アントニオ・ヴィンツェンツォ・ステファノ・クレメンテとして、軍人の父ジュゼッペ・デ・クルティスと母アンナ・クレメンテの婚外子として生まれました。極度の貧困と孤独の中で育った彼は、幼少期から人々を観察し、その仕草を真似ることに長けていました。この観察力は、後に多様な役柄を演じ分ける上での重要な基盤となります。小学校で受けた不慮の事故が、彼の象徴的な鼻と顎の形状に影響を与えたという逸話も残っています。

学業を放棄して芸術の道を志したトトは、兵役を経てコメディアンとしてのキャリアをスタートさせます。当初は脚本家として活動していましたが、後に自ら舞台に立ち、ナポリの劇場で頭角を現しました。コンメディア・デッラルテのプルチネッラ役で観客の評価を得た後、ヴァラエティ（バラエティショー）の世界へと進出。独自のスタイルを確立し、イタリア全土で人気を博すようになります。しかし、この初期の成功は経済的な豊かさを伴わず、貧困に喘ぐ日々が続きました。この経験が彼の演技哲学、「貧しさこそが喜劇の源流である」という考え方に深く影響を与えました。

私生活と悲劇

全国的な名声を得たトトは、経済的な安定と共に派手な私生活を送るようになります。特に女性関係においては数多くのロマンスがありましたが、歌手でバレリーナのリリアーナ・カスタニョーラとの関係は彼の人生に決定的な影響を与えました。彼女の自殺はトトに深い精神的な傷を残し、後に生まれた娘にリリアーナと名付けるなど、その悲劇は彼の生涯に影を落としました。

映画への挑戦と「トト・マニア」

1930年代に入ると、イタリア映画界からトトに声がかかるようになります。しかし、初期の映画出演作は大きな成功を収めませんでした。これは、彼の舞台での即興的で身体全体を使った演技が、初期の映画の制約に必ずしも合致しなかったためと考えられます。しかし、トトは諦めず、舞台活動と並行して映画出演を続けます。

第二次世界大戦中、トトはレヴュー（レビューショー）を中心に活動し、その中でファシズム体制や独裁者を風刺する演技を披露しました。命の危険に晒されながらも、観客を笑わせることで抵抗の意思を示したのです。

戦後、1945年頃からトトの映画俳優としての活動は本格化します。短期間に膨大な数の作品に出演し、イタリア全土で「トト・マニア」と呼ばれるほどの絶大な人気を獲得しました。彼は生涯で97本の映画に出演し、その多くで主役を務めました。マリオ・マットーリ監督との数々のコメディ作品は、その時代のイタリア映画の観客動員記録を次々と更新しました。

彼の演技は、入念な準備に基づきながらも、予測不能な即興性に溢れていました。体を使った大げさなジェスチャー、独特な言い回し、そして観客の日常にある欲望や葛藤を巧みに描き出す表現力は、「天才的」「かけがえのない」と高く評価されました。晩年には視力を失うという苦難に見舞われますが、それでもトトは最期まで俳優として舞台に立ち続けました。

遺産

トトは、イタリア喜劇の伝統を受け継ぎつつ、独自のスタイルを確立した革新的なアーティストでした。チャールズ・チャップリンやバスター・キートンといった世界のコメディアンたちと比較される彼は、その多才な才能と波乱に満ちた人生、そして何よりも観客を笑わせることに捧げた情熱によって、イタリア大衆文化において不朽の地位を築いています。彼の残した数々の作品とセリフは、今なお多くの人々に愛され、語り継がれています。

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