トマス・ロード・クロムウェル

『トマス・ロード・クロムウェル』は、イングランド王ヘンリー8世の側近として活躍したトマス・クロムウェルの生涯を題材とした、エリザベス朝時代の歴史劇です。この劇は、1602年に書籍出版業組合に登録され、同年ウィリアム・コットンによって最初の四折版（Q1）が出版されました。Q1の表紙には、この劇が宮内大臣一座によって上演されたこと、作者が「W.S」と記されていることが示されています。その後、1613年にはトーマス・スノッドハムによって第二の四折版（Q2）が出版されました。Q2の表紙はQ1の内容を繰り返していますが、宮内大臣一座は当時、国王一座に改称されていました。

作者については、四折版に記された「W.S」というイニシャルが、当初ウィリアム・シェイクスピアのものとされました。1664年には、フィリップ・チェトウィンドがシェイクスピアの「サード・フォリオ」第2刷にこの劇を追加したほどです。しかし、現代の研究者の多くは、この劇をシェイクスピアの作品とは見なしていません。現在有力な説では、「W.S」はウェントワース・スミスまたはウィリアム・スライのイニシャルであるとされています。また、トマス・ヘイウッドやマイケル・ドレイトンが作者である可能性を指摘する評論家もいますが、決定的な証拠は存在しません。

この劇の成立時期や内容に関しても、研究者の間で意見が大きく分かれています。成立時期は、早くても1582年から1583年、遅くとも1599年から1600年の間だと考えられています。劇の内容については、政治的な記録に基づくものなのか、あるいは宗教的なプロパガンダなのかという議論があります。批評家のボールドウィン・マックスウェルは、この劇が一貫性を欠いていると指摘しています。マックスウェルによれば、劇の前半部分、特に第3幕第2場までは完成度が高いものの、後半部分になると内容が支離滅裂で投げやりになっているとのことです。このことから、マックスウェルは現存するテキストが、二つの異なる戯曲を組み合わせて要約したものだと解釈しています。他にも、実力差のある二人の作者による合作であるという説や、一人の作者が未完成で残したものを別の作者が完成させたという説など、様々な見解が存在します。

このように、『トマス・ロード・クロムウェル』は、作者、成立時期、内容など、多くの点で謎に包まれた作品です。研究者の間でも意見が分かれ、様々な解釈が提示されている状況であり、その全貌解明には更なる研究が必要とされています。

参考文献
Logan, Terence P., and Denzell S. Smith, eds. The Popular School: A Survey and Bibliography of Recent Studies in English Renaissance Drama. Lincoln, NE, University of Nebraska Press, 1975.
Maxwell, Baldwin. Studies in the Shakespeare Apocrypha. New York, King's Crown Press, 1956.
* Tucker Brooke, C. F., ed. The Shakespeare Apocrypha. Oxford, Clarendon Press, 1908.

もう一度検索