トマス・ワイアット

サー・トマス・ワイアット：外交官と詩人の二つの顔を持つ生涯

サー・トマス・ワイアット(1503年-1542年)は、16世紀イングランドを代表する外交官にして詩人です。その生涯は、王室との複雑な関わりや、危険な外交活動、そして類まれな詩作によって彩られています。彼は、単なる宮廷人ではなく、時代の激動を生き抜き、自らの才能で歴史に名を残した人物と言えるでしょう。

名家の出身と華麗なる宮廷生活

ワイアットは、ヘンリー7世の時代から続く名家の出身です。父はヘンリー8世にも仕えた宮廷人であり、枢密院のメンバーでもありました。ケンブリッジ大学で学んだ後、ワイアットは父の後を継ぎ、王室に仕える道を選びます。180cmを超える長身で、ハンサムで力強い体格の持ち主だったと伝えられています。この恵まれた容姿と出自は、彼を宮廷の中枢へと導く上で大きな役割を果たしたと言えるでしょう。

ローマへの危険な外交使節

外交官としてのワイアットの活躍は目覚ましく、重要な任務をいくつも担いました。特に有名なのは、ヘンリー8世とキャサリン・オブ・アラゴンとの結婚の無効を教皇クレメンス7世に訴えるため、ジョン・ラッセル（後のベッドフォード伯爵）と共にローマへ派遣されたことです。1527年、ローマが神聖ローマ皇帝カール5世によって占領されるという大事件に巻き込まれ、教皇が幽閉される事態となりました。このローマ略奪において、ワイアットは捕らえられるも、見事な機転で脱出、イングランドへと帰国を果たしました。この経験は、彼の外交官としての力量、そして危険を顧みない大胆さを物語っています。1535年にはナイトに叙爵され、その功績が認められました。

イギリス・ソネットの父

外交官としての輝かしい経歴とは別に、ワイアットは詩人としても大きな功績を残しています。彼は、英語でソネットを創作した最初の詩人の一人であり、ペトラルカのソネットを英語に翻訳したことで知られています。セネカやホラティウスといった古典の詩人たちからの影響を受けながらも、ワイアットは新しい詩の形式を積極的に実験し、独自の詩風を確立しました。サリー伯爵ヘンリー・ハワードと共に、イギリスにおけるソネットの父と称えられる所以です。彼の詩は、洗練された表現と、心の内を深く表現した内容で高く評価されています。

アン・ブーリンとの関係と晩年

ワイアットの生涯において、アン・ブーリンとの関係は、大きな謎とドラマを秘めています。1520年代前半に知り合った二人は、恋愛関係にあったという説があります。アン・ブーリンが王妃となった後、1536年にワイアットは彼女との不倫の疑いで逮捕され、ロンドン塔に幽閉される事態となりました。他の5人の男が処刑された後、友人のトマス・クロムウェルの尽力によって釈放されました。しかし、1541年には再び反逆罪で逮捕されるも、再び釈放されています。そして1542年、病により生涯を閉じました。彼の死は、王室との複雑な関係、そして時代の波乱を象徴する出来事と言えるでしょう。

歴史に名を残した人物

サー・トマス・ワイアットは、外交官として、詩人として、そして王室と深く関わる人物として、波瀾万丈な生涯を送りました。危険な外交任務、王室との複雑な関係、そして類まれな詩作――。彼の生き様は、16世紀イングランドという激動の時代を生き抜いた、一人の人間のドラマを鮮やかに描き出しています。彼は、単なる外交官や詩人以上の存在として、歴史に名を残す人物です。

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