トラブル・マン (アルバム)

マーヴィン・ゲイ『トラブル・マン』

マーヴィン・ゲイが1972年に発表したサウンドトラック・アルバム『トラブル・マン』（Trouble Man）は、同年公開された同名のブラックスプロイテーション映画『野獣戦争』のために制作されました。この作品は、前年に発表され、社会的なメッセージを強く打ち出して音楽史に金字塔を打ち立てたアルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』に続くものであり、ゲイの音楽的な探求が新たな、より現代的な方向へと進んだことを示す重要な位置づけを持っています。

制作の背景

歴史的な名盤となった『ホワッツ・ゴーイン・オン』の大成功を収めた後、マーヴィン・ゲイはハリウッドから注目を浴びるようになります。俳優として『The Ballad of Andy Crocker』や『Chrome and Hot Leather』といった映画に出演した経験を経て、彼はサウンドトラック・アルバム制作の依頼を受けます。このオファーを機に、ゲイは1972年に活動の拠点をロサンゼルスへと移しました。

当時、アメリカの映画界ではブラックスプロイテーション映画が隆盛を極めており、そのサウンドトラックも大きな注目を集めていました。アイザック・ヘイズの『シャフト』やカーティス・メイフィールドの『スーパーフライ』といった作品が商業的にも批評的にも成功を収める中で、マーヴィン・ゲイもこの潮流に乗り、映画『野獣戦争』（原題はアルバムと同じ『Trouble Man』）の音楽を手がけることになります。

アルバムの内容と音楽性

『トラブル・マン』のサウンドトラックは、マーヴィン・ゲイ自身が全曲の作曲とプロデュースを担当しました。ゲットーを舞台にしたサスペンスフルな映画の雰囲気に合わせて制作された音楽は、前作の綿密に構築されたソウルサウンドとは一線を画しています。アイザック・ヘイズやカーティス・メイフィールドによる同時代のブラックスプロイテーション映画サントラがラブソングを含むヴォーカル曲を多く収録していたのに対し、『トラブル・マン』は主にインストゥルメンタル楽曲によって構成されている点が大きな特徴です。一部でゲイのボーカルがフィーチャーされている楽曲もありますが、アルバムの大半は、彼の洗練された音楽的センスと演奏家としての才能を示すインストゥルメンタル・トラックで占められています。

タイトル・トラック「トラブル・マン」

アルバムのタイトルにもなっている楽曲「トラブル・マン」は、この作品のハイライトの一つであり、後世にも歌い継がれるマーヴィン・ゲイの代表曲となりました。この曲では、それまでの彼の作品ではあまり前面に出てこなかった、よりブルース色の強いサウンドアプローチが試みられています。ゲイ自身は、この曲が自身の内面や人生観を映し出した、一種の自伝的な楽曲であると語っています。

「トラブル・マン」のボーカル・バージョンはシングルカットされ、商業的にも大きな成功を収めました。1973年にはビルボードのポップ・シングル・チャートで最高7位を記録し、多くのリスナーに愛されました。また、長年にわたりマーヴィン・ゲイを深く敬愛してきたモータウンのアーティスト、チコ・デバージによって後にカバーされるなど、その影響力は世代を超えて続いています。

評価と後世への影響

批評家たちは、『トラブル・マン』をアイザック・ヘイズの『シャフト』やカーティス・メイフィールドの『スーパーフライ』といった、同時代のブラックスプロイテーション映画サントラにおける傑作群と並ぶ作品として高く評価しました。マーヴィン・ゲイがこの分野で成功を収めたことは、後続のアーティストたちにも大きな影響を与えました。彼に続いて、ジェームス・ブラウン（『Black Caesar』）、ウィリー・ハッチ（『The Mack』、『Foxy Brown』）、バリー・ホワイト（『The Together Brothers』）など、当時の多くの黒人アーティストたちが次々とブラックスプロイテーション映画のサウンドトラック制作を手がけるようになり、このジャンルは一時代を築くことになります。

収録曲

本作に収録された楽曲は全てマーヴィン・ゲイによって作曲されました。

メイン・テーマ (Main Theme From Trouble Man (2))
“T”プレイズ・イット・クール ('T' Plays It Cool)
プア・アビー・ウォルシュ (Poor Abbey Walsh)
ザ・ブレイク・イン (The Break In (Police Shoot Big))
クレオズ・アパートメント (Cleo's Apartment)
トラブル・マン (Trouble Man)
トラブル・マンのテーマ (Theme From Trouble Man)
“T”スタンズ・フォー・トラブル ('T' Stands For Trouble)
メイン・テーマ (Main Theme From Trouble Man (1))
ライフ・イズ・ア・ギャンブル (Life is a Gamble)
ディープ・イン・イット (Deep in It)
ドント・メス・ウィズ・ミスター“T” (Don't Mess with Mister 'T')
* ゼア・ゴーズ・ミスター“T” (There Goes Mister 'T')

『トラブル・マン』は、マーヴィン・ゲイが社会的なテーマから一転、映画音楽というフィールドで新たな音楽性を開花させた、彼のキャリアにおける多様性と創造性を示す重要な作品として記憶されています。

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