ホワッツ・ゴーイン・オン

1971年にシンガーソングライター、マーヴィン・ゲイによって発表されたスタジオ・アルバム『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、単なる音楽作品を超え、当時のアメリカ社会が直面していた様々な課題に対する魂からの問いかけとして、今なお多くの人々に聴き継がれています。日本においては、発売当時のタイトルが『愛のゆくえ』とされていました。

このアルバムが誕生した背景には、個人的な体験と社会情勢がありました。ゲイは、ベトナム戦争から帰還した実弟が語る凄惨な戦場の現実を聞き、衝撃を受けます。これが、戦争の悲惨さや帰還兵の苦悩をテーマにした楽曲制作の契機となりました。モータウンの専属作家であるアル・クリーヴランドや、フォー・トップスのメンバー、レナルド・ベンソンらと共に、表題曲「ホワッツ・ゴーイン・オン」が書き上げられます。しかし、この楽曲は、従来のモータウンサウンドとは一線を画す内容であったため、当時の社長ベリー・ゴーディはシングルのリリースに難色を示しました。ゲイはこれに対し、この曲を発売しないのであれば、アルバム制作を全て中止すると強く主張。結果として、1971年1月20日に先行シングルとしてリリースされ、そのB面には「ゴッド・イズ・ラヴ」が収められました。このシングルは全米ビルボードHot 100チャートで2位、R&Bチャートでは首位を獲得する大ヒットとなり、この成功を受けてゴーディはアルバム全編のレコーディングを指示。同年5月に遂にアルバムが完成したのです。

アルバム全体を通して、そのメッセージ性はさらに広がります。「ホワッツ・ハプニング・ブラザー」は、タイトル曲同様に弟に捧げられた反戦歌であり、他にも貧困、警察による暴力、ドラッグ問題、育児放棄、都市の衰退、社会の秩序の乱れといった、深刻なアメリカ社会の問題が赤裸々に描かれています。また、表題曲のメロディやテーマがアルバム随所に繰り返し現れる構成は、作品に統一感と深みを与え、コンセプト・アルバムとしての完成度を高めています。さらに、ゲイは自身の音楽的信念を貫くため、モータウンのアーティストとしては異例のセルフ・プロデュースを決行しました。この試みは、同時期にセルフ・プロデュースへと移行していたスティーヴィー・ワンダーをはじめ、多くの後続アーティストに影響を与えたとされています。

アルバムは商業的にも批評的にも大きな成功を収めました。全米ポップ・アルバム・チャートで6位、R&Bアルバム・チャートでは9週連続でトップに輝いています。また、ゲイが亡くなった1984年にも再び全米アルバム・チャートに登場（最高154位）するなど、その評価は時代を超えて続いています。イギリスでは発売当時のヒットには繋がりませんでしたが、1998年に再チャートインし、最高56位を記録しました。

権威ある評価も多数得ています。アメリカ議会図書館は、2003年度の国立録音資料登録に本作を選定。『ローリング・ストーン』誌が選ぶ「オールタイム・ベストアルバム500」の2020年版では堂々の1位、「オールタイム・グレイテスト・ソング500」ではタイトル曲が4位にランクインしました。2013年には『エンターテインメント・ウィークリー』誌の「史上最も偉大なアルバム100」で13位に選ばれるなど、その歴史的な重要性が広く認識されています。音楽評論家のジョン・ブッシュはオールミュージックにおいて満点の5点を付け、「マーヴィン・ゲイの最高傑作であるだけでなく、ソウルミュージックにおいて最も重要で感情的な作品」と評し、「シングル中心だったモータウンから生まれた、圧倒的に素晴らしいフル・アルバムであり、ほぼ間違いなく史上最高のソウル・アルバムである」と絶賛しています。

収録曲は以下の通りです。

- ホワッツ・ゴーイン・オン
- ホワッツ・ハプニング・ブラザー
- フライン・ハイ
- セイヴ・ザ・チルドレン
- ゴッド・イズ・ラヴ
- マーシー・マーシー・ミー
- ライト・オン
- ホーリー・ホーリー
- イナー・シティ・ブルース

これらの楽曲は、発表後も多くのアーティストによってカバーされ続けています。例えば、「セイヴ・ザ・チルドレン」はダイアナ・ロスが、「マーシー・マーシー・ミー」はロバート・パーマーやマイケル・マクドナルドらが、「ホーリー・ホーリー」はアレサ・フランクリンやジョン・レジェンドらが取り上げています。2006年にはダーティー・ダズン・ブラス・バンドが、本作の全収録曲をカバーしたトリビュート・アルバムを発表しました。

『ホワッツ・ゴーイン・オン』は、単に優れたソウル・アルバムであるだけでなく、音楽を通じて社会問題に立ち向かい、深いメッセージを伝えることの可能性を示した金字塔として、今なお世界中のリスナーに強い影響を与え続けています。

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