トラヤヌスの門の戦い

トラヤヌスの門の戦い

トラヤヌスの門の戦いは、10世紀後半に東ローマ帝国と第一次ブルガリア帝国の間で繰り広げられた戦いです。この戦いは、ブルガリアが勝利を収め、東ローマ帝国の勢力拡大を一時的に食い止める結果となりました。

戦いの背景

東ローマ帝国では、ヨハネス1世の死後、ブルガリアの支配が不安定になりました。これに乗じて、サムイルは西部ブルガリアを拠点に反旗を翻し、東ローマ帝国領やかつてのブルガリア領への攻撃を繰り返しました。980年以降、サムイルはテッサリアに侵攻し、ラリッサを占領するなどの戦果を上げました。この事態に衝撃を受けた東ローマ皇帝バシレイオス2世は、バルダス・スクレロスの反乱が終息したこともあり、自らブルガリア討伐を決意しました。

一方、年代記によれば、バシレイオス2世は当初、バルダス・フォカスをはじめとする東方司令官たちにブルガリア遠征の必要性を伝えていませんでした。しかし、ラリッサ陥落などの事態を受け、親征を決意したと考えられます。

戦闘の経過

バシレイオス2世率いる東ローマ軍は、トラヤヌスの門と呼ばれる峠を進軍中に、ブルガリア軍の待ち伏せ攻撃を受けました。この奇襲により、東ローマ軍は大混乱に陥り、バシレイオス2世自身も命からがらコンスタンティノープルに逃げ帰るという大敗を喫しました。

年代記によると、バシレイオス2世はレオン・メリセノスを後方に残し、トリアディツア（旧サルディカ）を出た所にある峠と谷を通過しました。さらに、ストポニオンに要塞を急造し、伏兵を配置するなど警戒を強めていました。しかし、夜間に「小男のステファノス」がメリセノスの帝都進軍という虚報を伝え、さらにメリセノス討伐と帝都への帰還をバシレイオス2世に進言しました。バシレイオス2世はこれを信じ、メリセノス討伐のために後退を指示しました。

この東ローマ軍の後退に気づいたサムイル率いるブルガリア軍は、全軍で東ローマ軍を攻撃しました。東ローマ軍は皇帝の天幕や印などを残して逃走し、ブルガリア軍に陣地を占拠されました。バシレイオス2世は、辛うじてフィリップウポリスに帰還しましたが、メリセノスが後方を守備していることを知り、虚報を伝えた「小男のステファノス」に激怒したと伝えられています。

戦いの結果

トラヤヌスの門の戦いでの勝利によって、ブルガリア軍は勢いづき、1年後にはブルガリア帝国の首都であったプレスラフやプリスカを奪還しました。さらに、多くのギリシャ人都市も占領するなど、優位な立場を築きました。

一方、東ローマ帝国では、バシレイオス2世がこの敗戦や、戦中に傭兵への敬意を欠いたことが、アナトリアの貴族たちの不満を招きました。また、コンスタンティノープルでの地震による民心の動揺も重なり、バルダス・フォカスの反乱を引き起こしました。この反乱によって、バシレイオス2世はしばらくブルガリアに手が出せなくなり、バルダス・フォカスの反乱終結後も997年のスペルヒオス川の戦いまで苦戦を強いられました。

脚注

この戦いは、東ローマ帝国とブルガリア帝国の勢力関係を大きく左右する出来事となりました。

参考文献

森安達也、今井淳子 翻訳『ブルガリア―風土と歴史』
ロバート・ブラウニング著『ビザンツ帝国とブルガリア』

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