トランスパース

西オーストラリア州の州都パースとその周辺地域において、日々の移動を支える主要な公共交通システムが「トランスパース」（Transperth）です。これは西オーストラリア州交通局の管轄下に置かれ、広範な鉄道網、バス路線、そして渡船といった多様な交通手段を提供しています。

歴史

トランスパースの歴史は、1986年にパース都市圏の公共交通事業が抜本的に統合されたことに始まります。それ以前はバスと渡船を運営していたメトロポリタントランスポートトラスト（MTT）の事業と、ウェストレールの愛称で知られていた西オーストラリア政府鉄道（WAGR）の近郊鉄道路線および運行業務が引き継がれ、新たな名称として「トランスパース」が誕生しました。その後、1994年から1998年にかけて、バスと渡船の実際の運行業務は段階的に民間企業への外部委託が進められました。現在、これらの部門は公有のインフラを利用しつつ、民間による運営体制となっています。

サービスと地域

トランスパースがカバーする範囲は、パース都市圏の核心部から、南部の主要都市マンジュラを含む広範囲に及びます。この広大なサービスエリアは、パース中心からの距離に応じて9つのゾーンに区分されており、運賃はこのゾーン制に基づいて計算されるシステムが採用されています。

鉄道

トランスパースの鉄道ネットワークは、パース駅を主要なハブとして放射状に広がっています。既存のミッドランド線、空港線、アーマデール線（ソーンリー支線を含む）、フリーマントル線、マンジュラ線、そしてヤンチェップ線の計6路線に加え、現在建設中または開業予定の新たな路線も加わり、合計で70を超える駅を結んでいます。軌間は日本の在来線と同じ1067mmの狭軌を採用しており、全線が電化されています。

運行時間は早朝5時から深夜まで確保されており、通勤・通学から夜間の移動まで幅広く対応しています。運行間隔は、平日日中のピーク時間帯には4分から15分間隔と高頻度であり、夜間や休日も概ね30分間隔で運行されています。

主要な路線は以下の通りです。

ヤンチェップ線: パースから北方向へ延び、旧ジュンダラップ線が延伸されヤンチェップまでを結んでいます。パース地下駅でマンジュラ線と接続し、実質的に一体運用されています。ラインカラーはくすんだ若草色です。
エレンブルック線: ミッドランド線の途中駅から北東へ分岐し、エレンブルックに至る新線です。2024年12月8日の開業が予定されています。ラインカラーは赤色です。
ミッドランド線: 東方向へ延び、ミッドランド駅が終着駅です。この線路はさらに東へ続いており、軌間は異なりますがシドニーまで繋がっています。ラインカラーは茜色です。
空港線: ミッドランド線の途中駅から南東へ分岐し、ハイウィコム駅を結ぶ新線です。パース空港へのアクセスルートとしても機能します。2022年10月9日に開業しました。ラインカラーはターコイズブルーです。
アーマデール線: 南東方向へ延び、アーマデール駅が終着駅です。線路はさらに南のバンバリーまで続いています。途中のベッケンナムからソーンリーへの短い支線（ソーンリー支線）があります。ラインカラーは黄色です。
ソーンリー–コックバーン線: 南東方向へ延び、コックバーンセントラル駅に至る予定の新線です。ソーンリーからカニングベールを経由し、コックバーン駅でマンジュラ線に接続します。2025年6月9日の開業が予定されています。ラインカラーはラベンダー色です。
マンジュラ線: 南方向へ延び、マンジュラまで達する比較的歴史の新しい路線です。2007年末に開業し、全長約70kmとトランスパース鉄道網の中で最も長距離を誇ります。パース地下駅でヤンチェップ線と直結しています。ラインカラーはオレンジ色です。
フリーマントル線: 南西方向へ延び、港湾都市フリーマントルとパースを結びます。1881年に開業した、パース近郊鉄道網の中で最も長い歴史を持つ路線です。ラインカラーは青色です。

バス

トランスパースのバスサービスは、1996年以降、西オーストラリア州政府との契約に基づき、複数の民間企業が運行業務を受託しています。ルート構成は、中心部や鉄道駅・主要バスターミナルへ利用客を集める系統、そこから郊外の各地区へ細かく分散する系統、さらに郊外地域同士を環状に結ぶ「サークルルート」など、多岐にわたります。特定の学校行事やイベントに合わせて運行される臨時ルートも存在します。

運行間隔は路線によって異なり、利用客の多い主要路線では鉄道と同様に高頻度（平日日中4分〜15分、夜間・休日30分）で運行される一方、その他の路線では10分から60分間隔となります。鉄道駅と接続する路線については、鉄道の運行時刻に合わせて接続が考慮されています。近年、環境負荷の少ないCNGバスや最新型のボルボ製バスが導入され、CATを含む主要路線を中心に運用されています。

サークルルート

サークルルートは、郊外地域間を連絡するために設計された環状路線網です。多数の鉄道駅、ショッピングセンター、高校、大学のキャンパス、さらにはフリーマントルといった主要拠点を結びつけています。平日日中は高頻度で運行され、時計回りと反時計回りの双方向運行により利便性が高められています。

CAT (Central Area Transit)

パース市内およびフリーマントル市内では、CATと呼ばれる無料のバス路線が運行されています。パース市内にはRed、Blue、Yellow、Green、Purpleの5路線があり、それぞれの路線カラーで停留所標識も色分けされています。フリーマントル市内では2路線が運行されていますが、「Orange CAT」という呼び名は現在使われていません（単にフリーマントルCATと呼ばれます）。これらのCAT路線はすべて環状ルートとなっており、原則として一方向のみの運行です。

空港アクセス路線

パース空港へのアクセス手段として、鉄道の空港線に加え、複数のバス路線が設定されています。292号系統はレッドクリフ駅と国内線ターミナルを結びます。また、国際線ターミナルからは、カニントン駅へ向かう36号系統や、カーティン大学へ向かう37号系統が運行されています。

渡船

スワン川を渡る渡船サービスは、パース市中心部のバラックスクエアと、川を挟んだ対岸を結んでいます。このサービスは日中の定時運航に加え、朝の通勤時間帯には増便されて高頻度運行（10分間隔）となります。通勤・通学に利用されるほか、対岸にあるパース動物園への主要なアクセスルートとして、多くの観光客にも利用されています。現在は「シェリー・テイラー＝スミス」と「フィリップ・ペンダル」の2隻の船が就航しており、実際の運航業務はキャプテンクッククルーズ社に委託されています。

運賃システムとスマートライダー

トランスパースの運賃は、前述の通りゾーン制に基づいて計算されます。乗車するゾーンの数によって料金が決まるシンプルな体系です。運賃の支払いは多様な方法に対応しており、全ての鉄道駅および渡船乗り場に設置されたタッチパネル式の自動券売機で切符を購入できるほか、バス乗車時には運転士から直接購入することも可能です。さらに、2007年からは「スマートライダー」と呼ばれる非接触型ICカードシステムが導入されています。

スマートライダーは、日本のSuicaやICOCAと類似した機能を持つ便利なICカードです。クレジットカードサイズのカード内部にマイクロチップが埋め込まれており、利用客は鉄道駅の改札機やホーム上の読み取り機、またはバス・渡船の車内/船内にある読み取り機にカードをかざすだけで運賃精算が完了します。このカードをかざす行為は「tag on」（乗車時）「tag off」（降車時）と呼ばれています。スマートライダーを利用すると、通常運賃から10%の割引が適用されます。さらに、カード残高が少なくなった際に銀行口座から自動的にチャージされる設定（オートチャージ）を利用すると、割引率が20%に拡大され、よりお得に利用できます。通常運賃のほか、15歳未満や60歳以上向けの割引運賃、さらには一日乗車券や家族乗車券など、様々な種類の乗車券が提供されています。また、特定の大型スポーツイベントなどの入場券を持っている場合は、トランスパースの交通機関に無料で乗車・乗船できる特典が用意されています。

フリートランジットゾーン (FTZ)

パース市内の中心部には「フリートランジットゾーン（FTZ）」と呼ばれる特別区域が設定されています。このFTZ内では、一部の条件のもとで公共交通機関を無料で利用することが可能です。具体的には、FTZ内であれば全てのバス路線で誰でも自由に無料で乗降できます。CATバスはルート全体がFTZ内に含まれているため、常に無料で利用可能です。鉄道についてもFTZ内の移動は無料となりますが、こちらはスマートライダーを利用している場合に限られます。

近年の展開と延伸計画

トランスパースのネットワークは現在も進化を続けています。過去には複数の鉄道路線の延伸計画が発表され、その一部はすでに実現しています。例えば、メトロネット計画の一環として、旧ジュンダラップ線はバトラー駅、さらにヤンチェップ駅まで延伸され、ヤンチェップ線として運行を開始しました。また、フォレストフィールド空港リンクとして計画された空港線も開業し、パース空港と市内中心部を結ぶ新たなルートが確立されました。今後も、エレンブルック線やソーンリー–コックバーン線といった新たな鉄道路線の開業が予定されており、パース都市圏の公共交通網の利便性向上がさらに進められています。

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