トリガー戦略

トリガー戦略（Trigger Strategy）

トリガー戦略は、ゲーム理論、特に繰り返し行われる非協力ゲームの分析において重要な位置を占める概念です。単発のゲームではなく、同じ参加者との間で何度もゲームが繰り返される「繰り返しゲーム（Supergame）」の文脈で登場する戦略の一種です。

戦略の基本構造

この戦略の基本的な考え方は、「最初は協力するが、相手の非協力的な行動を感知したら罰を与える」というものです。具体的には、戦略を採用するプレイヤーは、ゲームの開始時や、これまでの相手の行動が協力的であった間は、自身も協力的、あるいは望ましい行動を選択します。

しかし、もし相手プレイヤーが何らかの形で期待される協調的な行動から逸脱し、非協力的な行動（裏切り）をとった場合、これが「トリガー」となります。トリガーが発動すると、その後のゲーム展開において、戦略を採用したプレイヤーは相手に対して報復的な行動、すなわち罰を与える行動に切り替えます。この罰の行動は、一度きりの場合もあれば、それ以降永続的に続く場合もあります。

多様な戦略と具体例

トリガー戦略にはいくつかのバリエーションが存在し、それぞれが異なる性質を持ちます。主な違いは、以下の点にあります。

トリガーの感度: どのようなレベルの、あるいはどのような種類の非協力行動がトリガーとなるか。
罰の厳しさと継続期間: 一度トリガーが引かれた後の報復行動が、どれだけ厳しいものか、そしてどれくらいの期間続くのか。

例えば、「冷徹なトリガー戦略（Grim Trigger Strategy）」と呼ばれる戦略は、非常に厳しい部類に入ります。この戦略では、もし相手がたった一度でも非協力的な行動をとった場合、それ以降の全てのゲームにおいて、戦略を採用したプレイヤーは永久に相手に対して非協力的な行動（例えば、囚人のジレンマにおける「裏切り」）を選択し続けます。一度の裏切りが、永遠の報復のトリガーとなるわけです。

一方、入力情報にも挙げられている「しっぺ返し戦略（Tit-for-Tat Strategy）」もトリガー戦略の一種ですが、より寛容な性質を持ちます。この戦略は以下のようなシンプルなルールに従います。

1. ゲームの最初のターンでは協力する。
2. 以降のターンでは、相手が直前のターンでとった行動と全く同じ行動をとる。

つまり、相手が前回のターンで協力していれば今回は自分も協力し、相手が前回裏切っていれば今回は自分も裏切る、というものです。相手の裏切り（トリガー）に対して罰を与えますが、相手が再び協力する姿勢を見せれば、自分も協力に戻るという「Forgiving」（寛容）な特徴を持っています。この特性から、しっぺ返し戦略は、特に繰り返し囚人のジレンマのようなゲームにおいて、比較的高い成果を上げることが知られています。

ゲーム理論における意義

繰り返しゲームにおいて、単発のゲームでは合理的な選択とされない協調的な行動が、トリガー戦略のような仕組みを通じて維持され得ることを示す点で、トリガー戦略は重要です。相手の将来の行動を予測し、それに応じて現在の行動を決定するという動的な要素が、協力関係の成立や崩壊にどのように影響するかを分析する上で、トリガー戦略の概念は不可欠となります。

寡占市場における企業の価格競争や、国際関係における協力と対立など、現実世界の様々な状況をゲーム理論でモデル化し分析する際に、トリガー戦略の考え方が応用されることがあります。

この分野の研究は、繰り返しゲームにおける均衡（特にフォーク定理と呼ばれる概念）の理解に貢献しており、多くの経済学や関連分野の研究で参照されています。

参考文献

Vives, X. (1999) Oligopoly pricing, MIT Press, Cambridge MA.
Tirole, J. (1988) The Theory of Industrial Organization, MIT Press, Cambridge MA.
* Friedman, J. (1971). A non-cooperative equilibrium for supergames, Review of Economic Studies 38, 1–12.

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