トリブチルスズ

トリブチルスズ（Tributyltin、略称TBT）は、有機スズ化合物の一種であり、トリ-n-ブチルスズや水素化トリブチルスズとも呼ばれます。主に有機合成において、ラジカル的な還元剤として用いられる化合物です。

有機合成における利用

TBTは、有機ハロゲン化合物のハロゲン原子を水素原子に置き換える還元反応に利用されます。この反応はラジカル連鎖機構で進行し、その過程は以下の通りです。

1. ラジカルの生成: トリブチルスズは、AIBNなどの適切なラジカル開始剤と反応し、水素ラジカルを放出、トリブチルスズラジカル (n-C4H9)3Sn• を生成します。
2. ハロゲン原子の引き抜き: このスズラジカルは、ハロゲン化アルキルからハロゲン原子をラジカルとして引き抜き、アルキルラジカル R• を生成します。
3. 水素引き抜きと連鎖反応: アルキルラジカルは、別のトリブチルスズ分子から水素ラジカルを引き抜き、目的の還元体 R-H とスズラジカルを再生します。この過程が繰り返され、連鎖的に反応が進行します。

math
{\displaystyle {\ce {({\mathit {n}}-C4H9)3Sn-H\ +AIBN->({\mathit {n}}-C4H9)3Sn\bullet }}}

math
{\displaystyle {\ce {({\mathit {n}}-C4H9)3Sn\bullet \ +R-X->({\mathit {n}}-C4H9)3Sn-X\ +R\bullet }}}

math
{\displaystyle {\ce {R\bullet \ +({\mathit {n}}-C4H9)3Sn-H->R-H\ +({\mathit {n}}-C4H9)3Sn\bullet ->}}}



アルキルラジカルR•の構造に二重結合などがある場合、分子内付加反応が優先的に起こり、環化反応に応用されることもあります。また、アルコールから合成可能なキサントゲン酸エステルも同様の反応を示すため、ヒドロキシ基の除去（Barton-McCombie脱酸素化）にも用いられます。

有毒性とその影響

TBTは、非常に有毒な化学物質として知られており、人間や環境に深刻な悪影響を及ぼします。残留性有機汚染物質であるTBTは、海洋生物の食物連鎖を通じて生物濃縮されることが問題視されています。特に船底塗料に使用されていたTBTが海に溶け出し、水生生物に不可逆的なダメージを与えた事例は有名です。

海洋生物への影響

貝類のオス化: TBTは、貝類の性転換を引き起こし、メスの生殖器に異常を引き起こすことが知られています。特にヨーロッパチヂミボラでは、ごく微量（2.5 ng/L）のTBTによって性転換が起こり、生殖能力を奪われる、あるいは死に至る深刻な影響が確認されています。深刻なケースでは、卵嚢を持つオス個体も見つかっています。
海洋哺乳類への影響: ラッコやハンドウイルカ属のイルカでは、肝臓に高濃度のTBTが蓄積されることが報告されています。TBTやその代謝副産物であるジブチルスズは、免疫抑制を引き起こし、二次感染のリスクを高めます。感染が原因で死亡したラッコの組織から、高濃度のブチルスズ化合物が検出された事例もあります。
聴覚への影響: 聴覚の専門家によって、ハクジラなどの高等哺乳類の聴力損失とTBTの関連性が示唆されています。
海洋無脊椎動物への影響: 二枚貝の幼生は、他のどの有毒化合物よりもはるかに低い濃度でTBTの影響を受けます。また、腹足類（巻貝）では、TBTはインポセックスを引き起こすことが知られています。

これらの深刻な有毒性の問題から、国際海事機関（IMO）はTBTの使用を世界的に規制することになりました。現在では、TBTは深刻な海洋汚染物質として認識されています。

出典

[出典元へのリンクや書籍名などを記載]

関連項目

有機スズ化合物
* 万景峰号

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