ドイツ帝国陸軍

ドイツ帝国陸軍：統一国家と王国の狭間で

1871年のドイツ統一は、近代国家としての新たな出発点となりましたが、同時にプロイセン王国を中心とした複雑な連邦国家構造も引き継ぎました。この構造は、ドイツ帝国陸軍にも大きな影響を与えました。憲法上は、戦時統帥権はプロイセン国王兼ドイツ皇帝に委ねられていましたが、軍政に関する多くの権限は、バイエルン、ザクセン、ヴュルテンベルクなどの王国に残されていました。帝国陸軍省のような統一的な軍政機関は存在せず、各王国は独自の陸軍省や参謀本部を保有し、複数の軍団を維持していました。これらの軍団は、戦時においては帝国陸軍の一部として機能しましたが、実質的には「王国の軍隊」であり、「帝国の軍隊」とは言い切れませんでした。各王国の国王は、自国の軍団を指揮する将軍としての地位を有していました。

各王国の独自性と将校団

特にバイエルン、ザクセン、ヴュルテンベルクの3王国は、プロイセンとは異なる特徴を持っていました。最大の相違点は将校団の構成です。プロイセンでは、貴族出身者が将校団の中核を占めていましたが、南ドイツ諸邦では、市民出身者、特に上層中産階級出身者の割合がはるかに高くなっていました。バイエルンでは、18世紀末から将校団の半数が市民出身者であり、19世紀末までその傾向は強まりました。また、将校養成においても違いがありました。プロイセンでは、1890年代になってようやくギムナジウム出身者が陸軍士官学校の入学資格を得たのに対し、バイエルンなどでは、それ以前からアビトゥーア（大学入学資格）を持つ者にも将校への道が開かれていました。この将校団の構成の違いは、近代的技術への対応や軍隊の精神文化にも影響を与えました。しかし、1890年代以降は、プロイセンと南ドイツ諸邦の間にあったこうした差異は次第に縮小していきました。プロイセンでは、技術系専門職出身の将校が増加し、一方、バイエルンでは貴族出身者の割合が増えるなど、両者の間で相互の影響が見られました。

プロイセン参謀本部と軍の役割

ナポレオン戦争での敗北後、プロイセン陸軍は抜本的な改革を行い、貴族出身者の武術中心の指導から、リーダーシップ、組織力、計画性を重視する方向へと転換しました。その結果生まれたのが、参謀制度です。これは、下級将校から上級司令官に至るまで、高度な軍事教育と実践経験を積ませ、軍の計画立案能力を高めることを目的としていました。ドイツ統一戦争でその効果を発揮したプロイセン参謀本部は、ドイツ帝国陸軍の中枢機関として、さらには第一次世界大戦時には国政にも大きな影響力を持つようになりました。

外交政策への軍事介入

帝国内の外交政策は、帝国宰相と帝国外務大臣の管轄でしたが、軍部は軍事同盟や戦争問題において外交政策に介入しました。特に参謀本部は、第一次世界大戦中、その影響力を強め、陸軍大臣の権限を凌駕するほどになり、外交政策にも積極的に関与するようになりました。ビスマルク首相時代には、軍部の外交への介入は大きな問題となりました。ビスマルクは軍部の好戦的な姿勢を牽制しようとしましたが、軍部もビスマルクを批判し、対立が続きました。モロッコ事件（1905年）や第一次世界大戦の勃発（1914年）においても、参謀本部は戦争を強く主張し、政府の決定に大きな影響を与えました。歴史家のエドワード・ゴードン・クレイグは、第一次世界大戦の勃発を「兵士によってなされた決定であり、政治的配慮をほぼ完全に無視したもの」と評しています。

帝国陸軍の組織構造

ドイツ皇帝は軍の大元帥として、統帥権を有していましたが、帝国陸軍の組織構造は非常に複雑でした。平時の基本的な組織構造は、陸軍検査官、軍団、師団、連隊という階層構造でしたが、戦時においては、軍集団という上位組織が設置されました。また、帝国本土は複数の陸軍管区に分割され、各管区には複数の軍団が配置されていました。

歴代参謀本部総長

ヘルムート・フォン・モルトケ (1857-1888)
アルフレート・フォン・ヴァルダーゼー (1888-1891)
アルフレート・フォン・シュリーフェン (1891-1906)
ヘルムート・フォン・モルトケ (1906-1914)
エーリッヒ・フォン・ファルケンハイン (1914-1916)
パウル・フォン・ヒンデンブルク (1916-1919)
ヴィルヘルム・グレーナー (1919)
ハンス・フォン・ゼークト (1919)

参考文献

長尾唯「ノスタルジーとテクノロジー：ドイツ第二帝国における陸軍改革と急進右翼運動」
望田幸男『軍服を着る市民たち：ドイツ軍国主義の社会史』
望田幸男『ドイツ・エリート養成の社会史：ギムナジウムとアビトゥーアの世界』
ヴァルター・ゲルリッツ『ドイツ参謀本部興亡史』
高田敏、初宿正典編訳『ドイツ憲法集』

関連項目

ドイツ帝国軍の階級
第一次世界大戦中のドイツ軍
プロイセン陸軍
バイエルン陸軍
ザクセン陸軍
ヴュルテンベルク陸軍
ドイツ帝国国防省
バイエルン国防省
ヴュルテンベルク国防省
ザクセン国防省
プロイセン陸軍省

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