ドイツ民主共和国国境警備隊

ドイツ民主共和国 国境警備隊（Grenztruppen der DDR）

ドイツ民主共和国（東ドイツ）の国境警備隊は、東西ドイツ分断の象徴として、その歴史に深く刻まれています。

概要

国境警備隊は、主に西ベルリンと東ドイツの境界線、そして東ドイツと西ドイツとの国境線（ドイツ国内国境線）に配置されました。ポーランドやチェコスロバキアとの国境にも、小規模ながら人員が配置されていました。国境検問所では、西ベルリンを含む西ドイツからの通行者の通行証を管理する役割も担っていました。

装備面では、国家人民軍地上軍と同様に、MPi-K（AK-47 アサルトライフルのライセンス生産版）やその派生型が隊員に支給されていました。しかし、その活動で特筆されるのは、外部からのスパイなどの密入国者の摘発・阻止よりも、東ドイツから西ドイツへの脱出を図る市民への発砲、そして殺害という悲劇的な側面です。

歴史

その起源は、1946年 12月1日に設立された「ソビエト軍占領地区」を守るための「ドイツ国境警察」（Deutsche Grenzpolizei）に遡ります。当初は3,000人規模でしたが、1948年4月には1万人を超える組織へと拡大しました。1949年 10月7日のドイツ民主共和国成立後も、同じ名称で活動を継続し、1950年には18,000人を超える組織へと成長しました。しかし、「警察」という組織形態から、「国境警備軍」としての組織が求められるようになります。

1961年、軍隊組織としての「ドイツ民主共和国国境警備隊」（Grenztruppen der DDR）が正式に組織され、管轄が内務省から国防省へと移管されました。同年8月13日には、ベルリンの壁建設が開始され、国境警備隊は壁の警備という重要な任務を担うことになります。その直後の8月24日には、亡命を試みたギュンター・リトフィンが射殺されるという最初の『ベルリンの壁』射殺事件が発生しました。1962年 8月17日に亡命しようとしたペーター・フェヒターが殺害された事件は、アメリカ合衆国をはじめとする西側各国で大きく報道され、国際的な非難を浴びました。その後も、亡命者殺害は繰り返されることとなります。

一時、国軍である国家人民軍（Nationale Volksarmee）の部隊となるものの、1973年に国家人民軍から分離し、独立した組織として再編されました。1989年2月6日には、国境警備隊兵士のインゴ・ハインリッヒらが、亡命を企てたクリス・ギュフロイを射殺するという、ベルリンの壁における最後の亡命者殺害事件が起きました。

クリス・ギュフロイ射殺事件に対する西側諸国からの強い非難、そして西側諸国からの資金援助が必要だった東ドイツの事情から、1989年 4月3日には、当時の最高指導者であったエーリッヒ・ホーネッカーの了承のもと、国境での発砲命令が撤廃され、発砲は緊急避難の場合に限定されることとなりました。

1989年 11月9日午後7時ごろ、社会主義統一党政治局員でスポークスマンのギュンター・シャボフスキーが旅行の自由化を発表しますが、国境検問所に殺到した東ドイツ住民の要求に応じ、現場の国境警備隊の将兵の判断で午後10時45分に国境検問所が開かれ、東ドイツ住民が西ドイツを訪れることとなります。翌日より、東西のベルリン市民が壁を破壊し始めますが、国境警備隊はこれを止めさせることはありませんでした（ベルリンの壁崩壊）。1990年 6月13日には、残存していたベルリンの壁の撤去が、国境警備隊の作業として行われました。

そして、1990年 7月1日に西ドイツとの国境警備業務を終了し、1990年9月にその歴史に幕を閉じました。

亡命阻止作戦

東ドイツから西ドイツへの市民の脱出は、特に医師や技術者といった労働力の流出は、東ドイツ政府にとって深刻な問題でした。1961年8月12日までは比較的自由に行き来できたベルリン地区からの脱出を防ぐため、対策が講じられ、ベルリンの壁建設へとつながりました。8月13日、東ベルリン内部に鉄条網を張り巡らせ、西ベルリンへの人の流れを厳しく制限し、その中で壁が築かれていきました。

壁を越えて西ベルリンへ行こうとする人々を、国境警備隊の兵士が射殺する事件が相次ぎました。東ドイツが存在した期間中、ベルリンでは197人が射殺されたとされています。射殺前には警告を行い、可能な限り逮捕することが定められていましたが、東ドイツ時代には約3,000人がベルリン地区で逮捕されました。亡命者の中には子供連れもおり、2007年8月15日に公開された内部資料には、「たとえ越境者が女性や子供を連れていたとしても、武器の使用をためらってはならない。反逆者がよく使ってきた手だ」という秘密指令が含まれていました。『ベルリンの壁』で殺害されたことが確認されている136人のうち、9人が子供でした。

国境警備隊の隊員の中からも、西ドイツへの脱出を試みる者が後を絶ちませんでした。ベルリンの壁建設直後の6週間で85人が逃亡したとされ、東ドイツが存在した期間中には、574人の国境警備隊員がベルリンから亡命しました。

1968年時点では、総勢8,000人の兵士がベルリンの壁の警備を担当していましたが、彼らはベルリン市民ではなく、西ドイツに親戚がいない者が選ばれていました。12時間勤務で、単独行動ではなく2人一組で行動することが義務付けられていました。銃撃による逃亡阻止だけでなく、逃亡を試みる者からの銃撃もあり、勤務中に射殺された警備兵は16人に上りましたが、その約半数は逃亡を図った警備兵によるものでした。

ベルリンだけでなく、西ドイツとの国境でも、亡命者の摘発や射殺事件が頻発しました。1964年には国境地域に地雷が設置され、1971年には自動発砲装置が導入されました。西ドイツとの国境地帯では、ベルリンよりも殺傷能力の高い作戦行動が行われていました。しかし、西ドイツを含む西側諸国からの非難を受け、地雷は1985年までに、自動発砲装置は1984年までに撤去されました。ドイツの市民団体『ワーキンググループ8月13日』（Arbeitsgemeinschaft 13. August）が2004年8月13日に発表した数字によると、1065人が殺害されており、その中には37人の国境警備隊員も含まれています。

ドイツ再統一後の1990年10月3日以降、ドイツ連邦共和国の司法当局は、射殺命令を下した幹部や射殺現場に立ち会った兵士に対し、捜査、起訴、裁判などの法的措置を取りました。射殺現場にいたことが確実な兵士が「弾を外して撃った」と主張し、無罪を主張するケースもありました。射殺命令を実行したと認定された兵士に対しても、最終的には執行猶予付きの判決が確定する場合がほとんどで、「殺意なき殺人」として処理されました。1962年 8月17日に射殺されたペーター・フェヒター事件では、1997年3月に実行犯の兵士、ロルフ・フリードリッヒに20ヶ月、エーリッヒ・シュライバーに21ヶ月の執行猶予付き懲役刑が言い渡されました。1989年2月6日に射殺されたクリス・ギュフロイ事件でも実行犯4人が起訴されましたが、インゴ・ハインリッヒには懲役3年半の判決が下されたものの、1994年には懲役2年（執行猶予付き）の判決が確定し、他の3人については無罪判決が確定しました。

ドイツ民主共和国国境警備隊

ドイツ民主共和国国境警備隊（Grenztruppen der DDR）

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歴史

亡命阻止作戦

関連項目