ドミトル (キエフ大公国)

キエフ防衛の英雄、ドミトル：1240年キエフ陥落における悲劇と勇気

13世紀半ば、東ヨーロッパは激動の時代を迎えていました。本稿では、1240年のキエフ包囲戦において、キエフの防衛を担った軍事司令官ドミトル（Дмитр, Дмитро）の生涯と、その戦いを中心にキエフ大公国の終焉について考察します。ドミトルに関する記録は断片的ですが、彼の行動は歴史に深く刻まれています。

ドミトルは、ガーリチ公ダニールと協力して、1215年のハンガリー・ポーランド連合軍の侵攻に抵抗した経験を持つ、優れた軍事指揮官でした。ガーリチ地方は、ハンガリー王国とポーランド王国の勢力争いの舞台となっており、ドミトルはダニールと共にこの地を守り抜こうと奮闘しました。この経験は、後のキエフ防衛において貴重な教訓となったはずです。

1240年、モンゴル帝国の第2次ルーシ侵攻が始まりました。ダニールはキエフ大公位を継承しましたが、自身の本拠地であるガーリチにとどまり、キエフの防衛はドミトルに託されました。モンゴル軍の侵攻は9月から11月（もしくは12月）にかけて行われ、ドミトルは市民と共に必死にキエフを守ろうと抵抗しました。しかし、モンゴルの圧倒的な軍事力の前には、キエフの堅牢な防備も無力でした。キエフはついに陥落し、ドミトルは捕虜となりました。

捕虜となったドミトルは、モンゴル軍の総司令官バトゥと対面します。この時、ドミトルはバトゥに重要な忠告を行いました。「この地に長く留まることなかれ。もし進軍をためらうならば、汝はこの地で組織だった抵抗を受けることになるだろう」。この忠告は、バトゥにルーシの地の抵抗の激しさ、そして民衆の結束の強さを認識させたと言われています。ドミトルの言葉は、単なる助言を超え、バトゥの今後の戦略に影響を与えた可能性があります。

ドミトルの死については記録が残されていませんが、バトゥは彼の勇敢な戦いぶりを認め、命を助けたと伝えられています。しかし、キエフ陥落は、キエフ大公国という歴史的な国家の終焉を意味しました。モンゴルの侵攻は、ルーシの政治・社会構造に大きな変化をもたらし、東スラヴ世界の勢力図を塗り替えました。

ドミトルという一人の軍事司令官の行動は、歴史の流れを変えるほどではありませんでした。しかし、彼の勇敢な抵抗、そしてバトゥへの忠告は、キエフ陥落という歴史的悲劇の中で、重要な一筋の光として残されています。彼の物語は、侵略と抵抗、そしてその後の歴史的変化を理解する上で、重要な手がかりを与えてくれます。限られた情報から彼の生涯を詳細に語ることはできませんが、彼の行動は後世に語り継がれるべきものです。

参考文献
アレクサンドル・ダニロフ他『ロシアの歴史（上）古代から19世紀前半まで』寒河江光徳他訳、明石書店、2011年
黒川祐次著『物語 ウクライナの歴史　ヨーロッパ最後の大国』中央公論新社、2002年
田中陽兒・倉持俊一・和田春樹編 『ロシア史 1 -9世紀～17世紀-』 山川出版社〈世界歴史大系〉、1995年
Ипатьевская летопись

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