ドロシア・ラング:大恐慌時代の光と影を捉えた写真家
ドロシア・ラング (
1895年-
1965年) は、20世紀アメリカを代表する
写真家の一人です。大恐慌時代のアメリカ社会を克明に記録した彼女のドキュメンタリー写真は、その時代の人々の苦悩と希望を鮮やかに描き出し、現在も人々の心に深く刻まれています。本記事では、ラングの生涯と作品、そして彼女の写真が持つ意味について探ります。
幼少期と写真への道
ニュージャージー州でドイツ系移民の家庭に生まれたラングは、幼少期にポリオを発症。右足の機能に障害を負うも、写真への情熱を胸に
ニューヨークで写真の技術を磨きました。写真スタジオでの見習い経験を経て、
サンフランシスコで自身の肖像写真スタジオを開業。結婚、出産を経て、
世界恐慌の影がアメリカ社会を覆う中、彼女はカメラを持って街へと飛び出していきます。
大恐慌とFSAプロジェクト
世界恐慌は、アメリカ社会に深刻な貧困と失業をもたらしました。ラングは、失業やホームレスといった社会問題に焦点を当てた作品を制作。その卓越した表現力は、地元の
写真家たちの注目を集め、農業安定局(FSA)のプロジェクトに参加する機会を得ます。
FSAプロジェクトでは、農民や労働者たちの厳しい生活、貧困と格差、そして人々の希望と尊厳を捉えた数々の作品を生み出しました。なかでも、1936年に撮影された「移民の母(Migrant Mother)」は、ラングの代表作として世界的に知られています。この写真は、飢餓に苦しむ母親とその子供たちの姿を通して、大恐慌の悲惨さを世界に訴えました。後に被写体の女性が
チェロキー族のフローレンス・オーウェン・トンプソンであることが判明し、彼女の生々しい証言が写真の重みを一層増しています。
ラングは、単に貧困や苦境を記録するだけでなく、被写体の人間性を尊重し、彼らの尊厳を損なうことなく、ありのままの姿を写し出しました。彼女の視点は常に、社会の弱者、声を失った人々に向けられていました。
戦時中の活動と日系アメリカ人
第二次世界大戦の勃発後、ラングはグッゲンハイム奨学金を獲得しますが、日系アメリカ人の強制収容を記録するため、それを辞退。強制収容所での生活を撮影し、その記録は、人権侵害の象徴として歴史に刻まれています。しかし、この彼女の活動は軍によって没収され、現在では
アメリカ議会図書館などで閲覧できる貴重な記録となっています。
ラングの写真には、社会問題への強い関心と、被写体への深い共感、そして人々の尊厳を尊重する姿勢が貫かれています。彼女の作品は、単なる写真にとどまらず、社会を変えようとする強い意志、正義感の表現でもあります。晩年まで、ポリオの後遺症に苦しみながらも、
写真家として活動を続けた彼女は、70歳で生涯を閉じました。
ラングの写真が持つ意味
ラングの作品は、大恐慌時代のアメリカ社会のみならず、現代社会にとっても重要な意味を持っています。それは、社会問題への意識を高め、弱者への共感と理解を深める力です。そして、社会の不正義や矛盾を暴き、変革を促す力でもあります。ラングの写真は、私たちに、社会の現状を見つめ、共に生きる責任を問いかけています。
参考文献
アメリカ議会図書館のフォトライブラリー
ドロシア・ラング紹介ページ(Art Photo Site)
写真家・照井康文による紹介
en:Dorothea Lange (英語Wikipedia記事)