ドローン (ギリシア神話)

ドローン（Δόλων, Dolōn）

ドローンは、古代ギリシア神話に語り継がれるトロイア人の戦士です。彼の父はエウメーデース、あるいはエウメーロスであったと伝えられています。トロイア戦争という歴史的な大戦において、彼はトロイア側の一員として戦いました。特にホメロスの叙事詩『イーリアス』の中で、ドローンは特異な役割を与えられ、その運命が詳細に描写されています。

物語はトロイア戦争が始まって2日目の夜に進みます。激しい戦闘が一旦落ち着いたその夜、トロイア軍の総司令官ヘクトールは、ギリシア軍の陣営の様子を探るため、危険を冒して敵地に潜入する偵察兵を募りました。この時、ドローンはヘクトールの呼びかけに応じ、自ら偵察任務に志願します。彼の志願には条件がありました。もし任務を成功させ、無事に戻ることができたなら、その報酬として、ギリシア随一の英雄アキレウスが所有する名高い戦車と、それに繋がれた駿馬を譲り受ける、というものでした。

アキレウスの戦車と馬という破格の報酬を望んだドローンは、敵の目を欺くために狼の毛皮を身にまとい、弓と狼の皮で作られた帽子を持って、ギリシア軍の陣地へと向かいました。しかし、その同じ夜、ギリシア側もトロイア軍の動きを探るべく、勇猛な戦士ディオメーデースと、狡猾な知略で知られるオデュッセウスという二人の英雄を偵察に送り出していたのです。ドローンは、自身の接近に気づき、近くに身を潜めているディオメーデースとオデュッセウスの存在に全く気づかないまま、彼らの隠れている場所のそばを通り過ぎてしまいます。潜伏していた二人はドローンの姿を認めると、即座に後をつけ、彼を追い詰めにかかりました。

背後から迫る追っ手に気づいたドローンは、命の危険を感じて逃走を開始します。彼はパニックになり、追跡者から逃れようと、皮肉にも敵であるギリシア軍の陣営がある方角へ向かって逃げ込みを図ります。しかし、その試みも空しく、ディオメーデースとオデュッセウスによってついに捕縛されてしまいました。捕虜となったドローンは、助命を懇願します。ディオメーデースとオデュッセウスは、彼の命と引き換えに、トロイア軍の兵力配置、特に救援に駆けつけた味方についての情報を全て話すよう迫りました。恐怖に打ち震えたドローンは、トロイア側に来援した部隊の詳細や、トラーキアの武将レーソスが到着したばかりであることなど、自らが知る限りのトロイア軍に関する情報を洗いざらい白状してしまいます。

ドローンから貴重な軍事情報を引き出したディオメーデースとオデュッセウスでしたが、彼を解放することはありませんでした。用済みとなったドローンは、語るべき情報を全て吐き出した後、その場で殺害されてしまいました。その後、彼が身につけていた武具は剥ぎ取られ、戦勝の女神アテーナーへの捧げ物とされました。ドローンが明かした情報は、ギリシア軍にとって非常に価値あるものでした。ディオメーデースとオデュッセウスは、ドローンから得た情報、特にレーソスに関する intel を基に、トラーキア軍の野営地へと向かい、レーソス王を討ち取り、その名馬を奪うという大きな戦果を上げることができたのです。

ただし、古代ギリシアの悲劇作家エウリーピデースが著した戯曲『レーソス』では、『イーリアス』とはやや異なる描かれ方をしています。この作品において、ドローンがディオメーデースとオデュッセウスに明かしたのは、トロイア軍総帥ヘクトールが休息している場所に関する情報のみとされています。そして、トロイアへの救援に駆けつけたレーソスとその部隊に関する詳細な情報は、ドローンからではなく、女神アテーナーが直接ギリシアの英雄たちに伝えたことになっています。このように、同じドローンのエピソードでも、伝えられる作品によって細部に違いが見られ、彼の物語の多様性を示しています。

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