ドン・アスカリアン

ドン・アスカリアン：自由と芸術を追い求めた映画監督の生涯

ドン・アスカリアン (1949-2018) は、ナゴルノ・カラバフという、歴史と政治的複雑さで知られる地域で生まれた映画監督、脚本家です。彼の生涯は、芸術への情熱、ソ連体制下での困難、そして亡命後のたゆまぬ創作活動によって彩られています。

ソ連時代と芸術への目覚め

アスカリアンは、アゼルバイジャン・ソビエト社会主義共和国、ナゴルノ・カラバフ自治州のステパナケルトで生まれました。幼少期は豊かな自然の中で育ち、その経験は後の彼の作品に影響を与えたと考えられます。モスクワ大学では歴史と芸術を学び、歴史学の学位と教員免許を取得。しかし、彼の心は映画制作へと傾いていました。正式な映画学校での教育はありませんでしたが、映画批評を執筆したり、シネクラブで数々の作品を鑑賞したりする中で、映画監督としての道を切り開いていきました。
ミケランジェロ・アントニオーニの映像表現に強い影響を受け、ヨーロッパ映画の巨匠への敬意を表しています。助監督としてウズベキスタンの監督と仕事をするなど、着実に経験を積んでいきました。セルゲイ・パラジャーノフへの深い関心から、彼の作品に関する評論を執筆する機会もありましたが、パラジャーノフの逮捕により、この仕事は実現しませんでした。

亡命と独立制作

1975年、アスカリアンは赤軍への兵役拒否によりアルメニアの刑務所に服役しました。これは政治的な理由ではなく、自身の信念に基づく行動でした。その後、1978年には西ベルリンに亡命。当初はアメリカへの亡命を計画していましたが、ブローカーの悪質な行為により、ベルリンを新たな活動拠点とせざるを得ませんでした。妻でありプロデューサーでもあるマルガリータ・ヴォスカニアンと共に、新たな人生をスタートさせます。

西ベルリンでは、自主制作映画の道を歩み始めます。チェーホフの戯曲『熊』を映画化。監督、脚本、美術、衣装まですべてを自身で担当し、中古ピアノの売買で資金を調達するという驚きのエピソードも残っています。この作品はテレビ局に買い取られ、次の作品へとつながる成功を収めました。

アルメニアの歴史と文化を描く

1985年には、『コミタス』を監督。19世紀末から20世紀前半に活躍したアルメニアの作曲家、コミタスの生涯を描いたこの作品は、アルメニアでの撮影は叶わず、ギリシャなどヨーロッパ各地で撮影されました。国際映画祭で受賞するなど、高い評価を受けました。

その後もアスカリアンは、アルメニアの歴史と文化をテーマにした作品を次々と発表しました。1988年にはナゴルノ・カラバフに関するドキュメンタリーを制作し、ドイツ第一放送で放映。1992年には『アヴェティック』、1998年にはセルゲイ・パラジャーノフのドキュメンタリー『Paradzhanov』を制作するなど、精力的な活動を続けました。彼は自身の制作配給会社Don film（アルメニア）とAskarian Film（ドイツ）を設立し、映画制作活動を基盤を築きました。

映画制作を超えた活動

アスカリアンは映画制作以外にも、著作活動も行っています。1996年には『Dangerous Light』を出版。これは「コミタス」や「アヴェティック」の脚本、チェーホフと映画に関する評論などを含む、彼の映画制作に対する思想や視点を知ることができる貴重な資料です。

自由と芸術の証

2018年、ベルリンで死去。69年の生涯、彼はソ連体制、亡命生活、そして様々な困難を乗り越え、自身の芸術表現を貫き通しました。彼の作品は、アルメニアの歴史と文化、そして人間の自由と尊厳を訴えかける、普遍的なメッセージを私たちに伝えています。彼の作品群は、自由と芸術を追い求めた一人の映画監督の、力強い証と言えるでしょう。

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