ナポリの六度

西洋音楽における特徴的な和音の一つに、「ナポリの六度」（あるいは単にナポリ）があります。これは、ある調の主音から見て短2度上（半音上）の音を根音とする長三和音を指し、和声分析では音度記号「♭II」で表されます。一般的には第1転回形（根音が最低音ではない形）で用いられることが多いため「六度」という名称が定着していますが、根音が最低音となる基本形は「ナポリの和音」として区別されることもあります。

この[和音]]は、もともと短調におけるIIの和音（主音の長2度上の短三和音）の根音を半音下げたもの、あるいは下属音上の短三和音（Ⅳ）の完全5度（主音）を半音上げたものとして捉えることもできます。例えばハ短調では、主音ハ(C)の短2度上である変ニ(D♭)を根音とする変ニ長三和音（D♭-F-A♭）がナポリの六度にあたります。これは、本来のニ減三和音], D-F-A♭)の根音Dを[半音下げた、あるいはヘ短三和音]の5度Cを[[半音上げた形と見なせます。その独特の響きは、特に短調の楽曲で効果的に使われます。

「ナポリ」の名は、17世紀にイタリアのナポリで活躍した作曲家たちが、オペラにおける劇的な場面や感情の高まりを表現するためにこの和音を好んで使用したことに由来すると言われています。彼らナポリ楽派は、この和音の表現力を最大限に引き出しました。しかし、この和音自体はそれ以前から存在し、音楽の中で用いられていました。時代が下り19世紀には、フレデリック・ショパンが自身の《夜想曲》など、様々な作品でこの和音を頻繁に用いて、叙情的かつ色彩豊かな音楽を生み出しています。その使用例は多岐にわたり、古典派からロマン派にかけて重要な和音として扱われました。

音楽理論において、ナポリの六度は下属和音グループに属する変則的なサブドミナント（下属機能）の和音として位置づけられます。特に短調の楽曲では、本来のIIの代理として非常に効果的に機能することが多く、終止形やカデンツにおいて重要な役割を果たします。その響きは、通常のサブドミナントよりも暗く、あるいは劇的な色彩を帯びることが特徴です。

クラシック音楽の伝統的な和声法においては、「ナポリの六度」はドミナント和音（属和音、V）へ進行するのが典型的な使い方とされています。♭IIからVへの進行は、半音での下行進行（例えばハ短調のD♭からCへ）を含む根音の動きや、特定の声部連結によって、強い解決感や推進力を生み出します。

和声学における分析では、伝統的に「N」という記号で表記されることがあります。また、日本の主要な和声教科書である『和声 理論と実習』やその後継である『総合和声』では、それぞれ特定の記号が用いられ、「ナポリのII」とも呼ばれています。これらの表記は、和声の機能や構造を分析する上で重要な手がかりとなります。

ナポリの六度は主に三和音として扱われますが、付加音を伴う場合もあります。例えば、根音に長7度上の音が付加された「♭II△7」のような四和音は、ポピュラー音楽の理論においては、サブドミナント・マイナーの機能を持つ和音として解釈されることがあります。しかし、根音に短7度上の音が追加されて「♭II7」のような形になった場合、これはもはや伝統的な意味でのナポリの六度とは異なるものとして分析されるのが一般的です。多くの場合、これはドミナント和音であるV7に対する「トライトーン・サブスティテューション」、いわゆる「裏コード」として理解され、全く異なる機能（ドミナント機能）を持つ和音として扱われます。このように、付加される音によって、その和音の機能や解釈は大きく変化します。

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