ナートの降霊術

クラーク・アシュトン・スミスが創造した終末世界ゾティークを舞台とする短編小説のひとつに、『ナートの降霊術』（原題：Necromancy in Naat）がある。この作品は、幻想文学専門誌『ウィアード・テールズ』の1936年7月号で初めて読者の目に触れた。ゾティークの物語群においては、しばしばナート島出身の人物が登場するが、本作はナート島そのものを舞台に据え、その地にまつわるおぞましい秘儀を描き出している。

物語は、ジュラという半砂漠地帯に暮らす遊牧民の王子、ヤダルが、自身の許嫁である美しい娘ダリリを奴隷商人に誘拐されたことから始まる。地位も名誉も捨て去ったヤダルは、ダリリを必ず見つけ出すと固く誓い、広大なゾティーク大陸を遍く探し回る孤独な旅に出た。彼に付き従っていた四人の部下たちは、旅の途上で襲いかかる病や想像を絶する困難によって次々と命を落とし、ついにヤダルはたった一人となる。

長きにわたる探索の末、ヤダルは一つの噂耳にする。それは、ダリリに酷似した娘が、クシュラクの皇帝に買い取られ、外交上の協定のために南方のヨロス王へ贈物として送られたというものだった。この情報を追って南方行きのガレー船に乗船したヤダルだったが、船は予測不能な海流に捕らわれて進路を失う。船長アゴルは、このままでは恐るべき伝説に語られる「ナートの島」に漂着するのではないかと震え上がった。彼の予感は的中し、やがて船は激しい波に揉まれて座礁し、海底へと沈んでいく。ヤダルは迷わず冷たい海に身を投じ、必死に泳いでナート島の岸辺へと這い上がった。

極度の疲労と衰弱から気を失いかけたヤダルを介抱したのは、一人の女性であった。それは探し求めたダリリ本人だったが、彼女の様子はどこかおかしい。ヤダルが話しかけても、その応答は曖昧で、生気が感じられない。そこに姿を見せたのは、島の支配者である降霊術師ウァルカンと、その二人の息子、ウォカルとウルドゥッラだった。ウァルカンは冷酷な笑みを浮かべ、自身の強力な妖術によって、海で溺れ死んだ者たちの魂魄を呼び戻し、彼らを召使いとして奴隷のように使役していると語る。その言葉が真実であることを示すかのように、沈没したガレー船の乗員たちが、虚ろな眼差しとぎこちない足取りで次々と海から上がってくる。どうやら、この惨劇の生き残りはヤダルただ一人だったらしい。

ヤダルはウァルカンの館へと招き入れられるが、そこには不気味な空気が満ちていた。ウァルカン親子は島の他の降霊術師たちとも交流を持たず、孤立して生活しているという。ヤダルはすぐに、生者である自分が、ウァルカンが操る食人の魔物エスリトのような使い魔たちの餌として確保されているに過ぎないことを悟る。

島での滞在が一月ほど経過した頃、ウァルカンの息子であるウォカルとウルドゥッラがヤダルに密かに接触してきた。彼らはヤダルに対し、自分たちの父であるウァルカンを殺害し、彼の持つ莫大な財宝と魔術の支配権を奪い取りたいと持ちかける。そして、この計画にヤダルが協力すれば、成功の後にはダリリと共に島から脱出させてやろうと約束する。しかし、もし協力を拒むようならば、ヤダルは使い魔の餌となり、ダリリもまた降霊術師の奴隷であり続けるだろうと告げた。絶望的な状況の中、ヤダルは彼らの提案を受け入れる。

ウァルカンを葬るための計画が実行された。しかしその結果は、誰にも予期せぬ悲劇的なものとなる。壮絶な戦いの末、首謀者であるウァルカンと息子のウォカル、そして協力者であるヤダルが命を落とし、生き残ったのは息子のウルドゥッラただ一人だった。ウルドゥッラは父と兄の遺体を灰になるまで焼き尽くすと、自らの降霊術によってヤダルの魂魄を呼び戻し、彼を死者として蘇らせる。

しかし、血族を全て失い、島で唯一の生者となったウルドゥッラは、孤独と罪の意識に苛まれて次第に発狂していく。そしてついに、自らの命を絶って果てる。こうして、ナート島の降霊術師たちは皆、この世から姿を消した。しかし、彼らが操っていた死者たちは、主を失ってもなお、従前と同じように館の業務を続けるのだった。降霊術によって死者として蘇ったヤダルは、皮肉にもダリリもまた死者となっていることを知る。彼は冷たい心臓を持つ死者として、愛するダリリと再会し、共に永遠にも似た奇妙な愛を交わし始めるのだった。

本作は、ゾティークという架空世界における退廃と終末の雰囲気を色濃く反映しており、降霊術というおぞましい秘術を通じて、生者の希望が打ち砕かれ、悲劇的な結末へと至る様を描いている。登場人物たちの救いのない運命が、読後にも強い印象を残す一編である。

日本語訳は以下の書籍に収録されている。

『ゾティーク幻妖怪異譚』（創元推理文庫、大瀧啓裕訳）
『魔術師の帝国1 ゾシーク篇』（ナイトランド叢書、安田均訳、題名「死霊術師の島」）

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