ニコライ・ロバチェフスキー

ロシアの傑出した数学者、ニコライ・イワノビッチ・ロバチェフスキー（Nikolai Ivanovich Lobachevsky, 1792年12月1日生 - 1856年2月24日没、グレゴリオ暦）は、数学史において画期的な業績を残した人物です。特に、ユークリッド幾何学における平行線公準に疑問を投げかけ、新たな幾何学体系、すなわち非ユークリッド幾何学の一つである双曲幾何学を構築したことでその名を知られています。

ロバチェフスキーの人生は、主にカザン大学と共にありました。この学府で学び、21歳で教授となり、1827年から1846年まで学長を務めました。卓越した教育者でもあった彼は、多くの後進を育成しました。後のソビエト連邦指導者、ウラジーミル・レーニンの父であるイリヤ・ニコラエヴィチ・ウリヤノフも、ロバチェフスキーの推薦によってドヴォリャンスキー学院の物理と数学の上席教師となったことが伝えられています。彼の学長としての期間は20年以上に及び、カザン大学は彼の指導のもとで重要な教育・研究拠点としての地位を確立しました。

彼の数学的な探求は、ユークリッドの平行線公準への疑問から始まりました。彼はこの公準が成り立たない世界における幾何学の可能性を追求し、異なる体系が矛盾なく構築できることを示しました。1826年にはその研究成果を論文としてカザン大学に提出しましたが、残念ながらこの原稿は現存していません。しかし、1829年に大学の学報でその先駆的な学説を発表し、後に『幾何学の新原理並びに平行線の完全な理論』（1835年から1837年にかけて発表された論文）の中で、自身の新しい幾何学の理論を詳細に展開しました。さらに、1840年にはベルリンでドイツ語の著作『Geometrische Untersuchungen zur Theorie der Parallellinien（平行線理論に関する幾何学的研究）』を刊行し、その思想を広く知らしめようと試みました。

ロバチェフスキーが創始したこの新しい幾何学は、後に双曲幾何学と呼ばれるようになります。この幾何学では、「直線外の一点を通るその直線に平行な直線は複数存在する」という、ユークリッド幾何学とは異なる公準を基本とします。彼の業績は、同時代のハンガリーの数学者ヤノーシュ・ボヤイによっても独立に発見されており、これは数学史における重要な並行発見の一つとされています。双曲幾何学は、ロバチェフスキーの名を冠して「ロバチェフスキー幾何学」とも称され、数学だけでなく、後の物理学、特に相対性理論にも影響を与えました。彼は単に新しい体系を構築しただけでなく、その幾何学が自然界に存在する可能性についても深い考察を巡らせました。

ロバチェフスキーは、純粋な学術分野だけでなく、意外な形でフィクションの世界にも登場しています。例えば、アメリカのSF作家ポール・アンダースンの作品「大魔王作戦」（Operation Chaos）では、地獄への侵攻を試みる主人公たちが、その空間の歪みを克服するために彼の精霊を召喚するというユニークな形で登場します。しかし、作中ではロバチェフスキーがあまりに徳が高かったため、地獄の過酷な任務の先頭には立てず、代わりに助言役として物語に関わり、案内役は同時期に召喚されたヤノーシュ・ボヤイが務めるという設定になっています。

ロバチェフスキーの業績は、数学の基礎に対する理解を根底から覆すものであり、その革命的な思想は発表当時は十分な評価を得られませんでしたが、後世になってその真価が認められました。非ユークリッド幾何学の創始者として、またカザン大学の発展に尽力した教育者として、彼の名は今なお数学史に燦然と輝いています。

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